(2)ライラ
星は、本来、還るものだ。
生まれ、巡り、役目を終えれば、
また次の光へと溶けていく。
それが星の循環であり、
誰も疑わない、絶対の理だった。
ライラも、そのはずだった。
彼女は星座のひとつ――
人の願いと夜空を繋ぐ、仮初の姿。
名を持ち、語られ、見上げられることで存在を保つが、
やがて忘れられ、静かに消える運命にあった。
今夜が、その時だった。
星々の配置は整い、
彼女の役目は終わりを迎えている。
もう人の目に映る必要はなく、
この形を保つ理由もない。
それなのに。
「……あれ?」
ライラは、違和感に気づく。
還る感覚が、来ない。
身体がほどけていくはずの瞬間
何かに引き留められるような見えない糸の張力を感じた。
原因は、すぐに分かった。
丘の上に、ひとりの少年がいた。
星図を広げ、夜空と照らし合わせ、
真剣なまなざしで星を見つめている。
その瞳は澄みきっていて、
疑いというものをまだ知らない色をしていた。
(……見てる)
彼は、ただ見上げているだけだ。
祈りも、願いも、縋りつく思いもない。
けれどその視線は、
あまりにも真っ直ぐに星を信じていた。
ライラは理解する。
この少年は、
星を「道具」ではなく、
「在るもの」として見ている。
占いのためでも、
未来を知るためでもない。
ただ、世界が美しいと信じるために。
それは、星にとって――
あまりにも、重すぎる信仰だった。
循環が、ずれる。
星の糸が絡まり、
本来ほどけるはずの存在が、
ひとつの視線に縫い留められる。
「……ああ」
ライラは悟る。
このままでは、自分は消えない。
だが、星の姿を保つことも、もう出来ない。
星座としての役目は終わっている。
循環から外れた存在が、
同じ形を続けることは許されない。
選択肢は、ひとつしかなかった。
星としてではなく、
この世界の“生きもの”として残ること。
光を捨て、
空を離れ、
地に足を持つ存在へと――落ちる。
夜空で、星がひとつ、瞬きを失った。
少年は、それに気づかない。
代わりに、足元から聞こえたかすかな音に、顔を上げる。
「……?」
黒い影が、草むらからよろりと現れる。
長い毛並みの、小さな身体。
星の名残を宿した、深い瞳。
「猫……?」
声をかけると、影は一歩だけ近づき、
その場に座り込んだ。
怯えているわけでも、
懐いているわけでもない。
ただ、そこに“居る”という選択をしただけのように。
ルシアンは無意識に手を伸ばす。
その動きに、猫は逃げなかった。
指先が、温かい毛に触れる。
(……あ)
ライラは思う。
星だった頃には、感じなかった重さ。
体温。
鼓動。
そして――
誰かの手に触れられるという、感覚。
「大丈夫か?」
少年の声は、優しい。
世界を信じて疑わない者の音だ。
ライラは、答えない。
言葉はもう持たない。
けれど、その黒い尾が、わずかに揺れた。
その瞬間、
星の循環は、確かに破られた。
本来、消えるはずだった存在が、
人の傍に“残る”という選択をした。
この夜、
星は還らなかった。
代わりに、
フェリスという名の黒猫が、
少年ルシアンの人生に、静かに加わった。
まだ、誰も知らない。
この小さな逸脱が、
やがて星と世界の在り方そのものを揺らすことを。




