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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第45章|『原初の魔女』
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(4)また、同じ場所で



あの出会いから――

街道へ出る回数は、増えていた。


理由は、

ベラトリスが「行こう」と言うからで、 理永はそれに付き合っているだけだった。


いつものように森を抜ける。

見慣れた街道。 人の流れ。 荷車の音。


木陰。 あの場所。

黒い外套の男が、そこにいた。

そして――

ベラトリスが笑う。


「……ああ」

男が言った。

「また、会いましたね」

短く少し低い声。


理永は一歩後ろで立ち止まる。

(……また)

特に驚きはなかった。

珍しいはずなのに、 どこか予想していたような。

理由は分からないけれど。

そういうものだと――

思いかけて、やめた。

(……まだ、分からない)


「今日は何してるの?」

ベラトリスが自然に話しかける。


「いつも通りですよ」

男――由良は静かに答える。


「人を見ているだけです」


「変わってるわね」


ベラトリスは楽しそうに笑った。


会話が始まる。

いつも通りの流れ。

理永は少し離れた位置でそれを聞いていた。


「遠くの街って、どんな感じなの?」


「場所によりますね」


「例えば?」


「北は風が強く。海が近い場所は、空の色が深い」


「空の色?」


ベラトリスが首を傾げる。

由良は少しだけ視線を上げた。


「同じ空でも、場所で違って見えるのです」


理永はその言葉に、わずかに反応した。

(……違う?)


思考が動く。

同じものが、違って見える。

環境による変化。 認識の差。


「……光の屈折?」


気づけば、口にしていた。


ベラトリスが振り向く。

「え?」


理永は一瞬だけ沈黙する。

(……なぜ今、話に入ったのかしら)


少しだけ、引っかかった。

聞きたいと思った。

それが先にあったことに、あとから気づく。


理由は分からない。

ただ、疑問があったから――

それだけではない気がして、

少しだけ考えるのをやめた。


「いえ……」


少しだけ視線を逸らす。

余計なものを見せないように。

だが――

由良の視線は、わずかにその変化を追っていた。


「それもありますね」

穏やかな声。

「ですが、それだけでは説明できないものもある」


理永はわずかに目を細めた。

「観測条件の違い……」

小さく呟く。


「見る側の状態によっても変わる、ということですか……」


「はい」

短い肯定。


会話が、続く。

ベラトリスは二人を見て、少しだけ笑った。

「なんだか難しい話になってきたわね」


理永は、はっとして口を閉じた。

(……別に、話す必要はなかったのに)

そう思いながら、

嫌ではなかったことにも気づく。


由良が言う。

「面白いですよ」

由良の視線が、一瞬だけ止まる。

言葉ではなく、

その前にあったわずかな間を見ているようだった。

「知らないことを知ろうとするのは」


理永はわずかに視線を上げた。

その言葉に、ほんの少しだけ間が空く。

否定する理由はなかった。

「……そうね」

短く答える。

それで終わるはずだった。

そう思ったのに。

それ以上、関わる必要はない。

そう思っていたのに。


「南の街には市場があると聞きました」

今度は理永の方から言葉が出る。


ベラトリスが驚いた顔をする。

「え、理永?」


理永は自分でも少しだけ不思議に思った。

(……何をしているのかしら)

少しだけ、可笑しいと思う。

こんなふうに、自分から話すことは少ないのに。

ただ、話は続いていた。

それだけのはずなのに。

途切れさせたくないと思ったことに、

自分で少し驚いた。

こんなふうに、

誰かとの会話を続けたいと思ったのは――

初めてかもしれない。


「本もあるそうですね」

由良が応じる。

「ええ」

理永は小さく頷く。

「旅人が持ち込むものは、情報として価値がある」

淡々とした口調。


けれど。

会話は、自然に繋がっていた。

ベラトリスはくすっと笑う。


「やっぱり本なのね」

「知識は財産よ」

「旅より?」

「旅も知識の一部よ」

即答だった。


そのやり取りに、由良が小さく笑う。


風が吹く。

木々が揺れる。

街道には相変わらず人が行き交っている。

変わらない光景。

変わらないはずの時間。


「……」


理永はふと気づく。

さっきから、自分は普通に会話している。


意図していない、

する必要もなかった。

それでも。


「……」


違和感は、なかった。

むしろ――

(……悪くないわね)

静かで、無駄がなくて。

それなのに――

なぜか、少しだけ満たされる。

ほんの少しだけ、そう思った。

そう判断する。

それで十分だった。


「ねえ」

ベラトリスが空を見上げる。


「また来てもいい?」

軽い声。


誰に向けたものかも曖昧な問い。

由良は少しだけ視線を向ける。


「ええ」

短い返答。

それで、決まる。

理由も、約束もない。


ただ――

また来る、という事実だけが残る。


帰り道。

森へ続く道を歩きながら、 ベラトリスが言った。

「ね、今日も楽しかったでしょ?」


理永は少しだけ考える。

「……そうね」

否定する理由はなかった。


「また行こう」

「あなたが行くなら」

それだけの会話。

それだけのはずだった。



(……また来るかもしれない)

理由は分からない。

少しだけ、それを自然だと思っていた。

そう思ったこと自体は、

まだ理解できていないまま。


同じ考えが、浮かぶ。

前と同じ。

理由はない。

必要もない。

それでも。


その感覚は――

静かに、繰り返され。

積み重なっていく。





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