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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第45章|『原初の魔女』
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(1)祝福

静かだった。


風の音も、木々のざわめきも、 どこか遠くにあるみたいに、現実感が薄い。


「……どうして」


その声だけが、やけに鮮明に響いた。


理永は、自分の手を見ていた。

指先が、赤く濡れている。

ぽたり、と。 血が落ちる。


「……え?」


理解が、追いつかない。

痛みは、ない。

傷ついた覚えもない。

それなのに、 血だけが、静かに流れている。


「……どうして」


もう一度、同じ言葉が零れる。

その時だった。


「理永――!」


声が重なる。


由良と、ベラトリス。

二人が同時に駆け寄る気配。


けれど。

間に合わない。


「……っ」


体が、ふらつく。

力が抜ける。


支えようとする手が届くよりも先に―― 理永の膝が崩れた。


地面に倒れる。

空が、視界いっぱいに広がる。

どこまでも静かで、 どこまでも遠い。


「……あ」


小さく、息が漏れる。

そのまま。 動けない。

胸の奥が、ゆっくりと冷えていく。


涙が、一筋だけ流れた。


理由は、分からないまま。

ただ――


(……ああ)


何かが、ほどける。


指先からこぼれた血が、 光を帯びる。

淡く、 揺れて。

それは、形を持ち始める。

小さな、何か。


光とも、影ともつかない。 不安定なまま、そこに在る。


「理永っ」


由良の声が、かすれる。


手を伸ばす。

けれど――


その前に。


「理永!」


抱き起こし。

呼吸を確かめる。


「……っ」


止まっている。


「おいっ……嘘だろ」

声が、崩れる。


血が滲む理永を揺する。

何度呼んでも、 反応は返ってこない。


「……理永、理永っ」


もう一度、名前を呼ぶ。

それでも。

何も、戻ってはこない。


何が起きたのか、分からない。


ただ――


「……間に合わなかった」

低く、零れる。


理永の様子がおかしいことには、気づいていた。


それでも。

止められなかった。



静寂だけが、 そこに残る。


「……っ」


由良の手が、強く震える。


次の瞬間。

すっと、立ち上がる。

迷いは、なかった。


「……由良?」


ベラトリスが気づく。


その目を見た瞬間―― 全てを理解する。


「待ちなさい」


低く、言う。


止まらない。


「やめなさい」


今度は、強く。


それでも、 由良は止まらない。


「――触るな」


振り払おうとする。

由良に迷いはなかった。

その動きは、 あまりにもはっきりしていた。


“後を追う”ためのものだった。


「……っ」


ベラトリスが、腕を掴む。

強く。

逃がさないように。


「離せ」


低い声。


感情が、削ぎ落ちている。

それが一番、危険だった。


「離さない」


即答する。


「離したら、あんた死ぬ気でしょ」


由良は、答えない。

ただ、振りほどこうとする。


「……っ、ふざけないで」


声が、わずかに揺れる。

それでも、手は離さない。


「こんなことで終わらせる気?」


言葉が、荒くなる。


「何も分かってないのに」


由良の動きが、止まる。

ほんの一瞬だけ。


「……分かってる」

低く、零れる。


「……間に合わなかった」

その声には、確信しかなかった。


「だから――」

続けようとする。


その瞬間。

「ダメよ」


遮る。

強く。


「それだけは、ダメ」

引き寄せる。

無理やりでも、止める。


「死んで終わるなら、何の意味もないでしょ」


息が荒い。

自分でも分かるくらい、冷静じゃない。

それでも。

離さない。


「……」


沈黙が落ちる。

由良の力が、わずかに抜ける。

完全じゃない。

それでも――止まった。


「……っ」


ベラトリスは、息を吐く。

そのまま、視線を落とす。


地面に落ちた。

まだ、残っている。

光。

不安定なまま、揺れる“それ”。


「……何、これ」


小さく、呟く。

答えは、ない。


ただ。

それは確かに―― そこに在った。


理永が、残したものだった。

意味も分からないまま。


静かに。

確かに。

そこに、存在していた。





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