(8)揺らぎ ― 後半
それから数日後のことだった。
朝、森の空気がいつもより静かだった。
ベラトリスは小屋の外に出て、少し首を傾げる。
「……静かね」
普段なら、もう煙が上がっている時間だった。
老魔女の小屋の煙突から。
理永も外へ出てくる。
「どうしたの?」
ベラトリスは森の奥を見た。
「煙が出てないの」
理永も視線を向ける。
しばらく二人は黙っていた。
それから――
ほとんど同時に歩き出した。
森の奥の、小さな小屋へ。
扉は、半分だけ開いていた。
ベラトリスがゆっくり押す。
きぃ、と静かな音がする。
中は薄暗かった。
そして。
老魔女は、椅子に座ったまま眠るように目を閉じていた。
ベラトリスは足を止める。
「……ああ」
それだけで分かった。
理永も何も言わない。
静かに近づき、老魔女の手に触れる。
冷たい。
「……そう」
小さく呟いた。
ベラトリスはしばらくその場に立っていた。
悲しい、というより。
どこか静かな気持ちだった。
老魔女は長く生きていた。
そして最後まで、静かだった。
まるで。
眠るみたいに。
「外に運びましょう」
理永が言った。
ベラトリスは小さく頷く。
その時。
小屋の外で、足音がした。
振り向くと――
由良が立っていた。
黒い外套のまま、静かにこちらを見ている。
「……来てたの?」
ベラトリスが言う。
由良はゆっくり頷いた。
「煙が出ていなかったので」
理永は少し驚いた顔をした。
それから静かに言う。
「亡くなりました」
由良は何も言わない。
ただ、老魔女の姿を見て、静かに目を閉じた。
その日の午後。
三人で、老魔女を森の外れに葬った。
土をかけ、石を置く。
森の風が静かに吹いていた。
祈りの時間だった。
由良が一歩前へ出る。
そして静かに手を組む。
ベラトリスは少し驚いた。
彼は目を閉じ、低い声で祈りを口にする。
聞いたことのない言葉だった。
けれど。
どこか澄んでいて、優しい響きだった。
その祈りが終わると。
理永が前へ出た。
ベラトリスは思わず見る。
理永は墓の前に立ち、目を閉じた。
そして。
静かに手をかざす。
小さな光が生まれる。
金色の、柔らかな光。
それはふわりと浮かび、墓の上に降りた。
祝福の魔法。
風が、静かに揺れる。
光はゆっくりと消えていった。
ベラトリスは、ぼんやりとその光景を見ていた。
由良はその横で、静かに理永を見ている。
その視線は、いつもより長かった。
理永は気づいていない。
ただ、墓を見つめている。
二人の姿を見て。
ベラトリスは、ふっと笑った。
「……なんだか」
二人がこちらを振り返る。
ベラトリスは肩をすくめた。
「夫婦みたいね」
理永は一瞬だけ言葉を失った。
ほんのわずかに、
何かが引っかかった気がした。
けれど。
「何を言ってるの」
いつも通りの声で、そう返した。
由良は少しだけ驚いた顔をしていた。
ベラトリスは笑う。
「だってそうでしょ?」
墓を見る。
「祈りと祝福」
そして二人を見る。
「役割分担、ぴったりじゃない」
冗談のつもりだった。
本当に、ただの冗談だった。
なのに。
言葉にした瞬間。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
――あれ?
自分でも分からない。
ただ。
ほんの少しだけ。
さっきと同じ、あのざわつきが。
ベラトリスは無意識に、由良の方を見た。
胸の奥で揺れていた。




