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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第44章|『ベラトリス 』
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(8)揺らぎ ― 後半

それから数日後のことだった。


朝、森の空気がいつもより静かだった。

ベラトリスは小屋の外に出て、少し首を傾げる。


「……静かね」


普段なら、もう煙が上がっている時間だった。

老魔女の小屋の煙突から。


理永も外へ出てくる。

「どうしたの?」


ベラトリスは森の奥を見た。

「煙が出てないの」


理永も視線を向ける。

しばらく二人は黙っていた。

それから――

ほとんど同時に歩き出した。


森の奥の、小さな小屋へ。

扉は、半分だけ開いていた。

ベラトリスがゆっくり押す。

きぃ、と静かな音がする。

中は薄暗かった。


そして。


老魔女は、椅子に座ったまま眠るように目を閉じていた。


ベラトリスは足を止める。


「……ああ」


それだけで分かった。

理永も何も言わない。

静かに近づき、老魔女の手に触れる。


冷たい。


「……そう」


小さく呟いた。


ベラトリスはしばらくその場に立っていた。

悲しい、というより。

どこか静かな気持ちだった。


老魔女は長く生きていた。

そして最後まで、静かだった。

まるで。

眠るみたいに。


「外に運びましょう」


理永が言った。

ベラトリスは小さく頷く。


その時。

小屋の外で、足音がした。


振り向くと――

由良が立っていた。


黒い外套のまま、静かにこちらを見ている。


「……来てたの?」

ベラトリスが言う。


由良はゆっくり頷いた。

「煙が出ていなかったので」


理永は少し驚いた顔をした。

それから静かに言う。


「亡くなりました」


由良は何も言わない。

ただ、老魔女の姿を見て、静かに目を閉じた。


その日の午後。

三人で、老魔女を森の外れに葬った。

土をかけ、石を置く。

森の風が静かに吹いていた。


祈りの時間だった。

由良が一歩前へ出る。

そして静かに手を組む。


ベラトリスは少し驚いた。


彼は目を閉じ、低い声で祈りを口にする。

聞いたことのない言葉だった。

けれど。

どこか澄んでいて、優しい響きだった。

その祈りが終わると。


理永が前へ出た。

ベラトリスは思わず見る。

理永は墓の前に立ち、目を閉じた。

そして。

静かに手をかざす。


小さな光が生まれる。

金色の、柔らかな光。

それはふわりと浮かび、墓の上に降りた。

祝福の魔法。

風が、静かに揺れる。

光はゆっくりと消えていった。

ベラトリスは、ぼんやりとその光景を見ていた。


由良はその横で、静かに理永を見ている。

その視線は、いつもより長かった。

理永は気づいていない。

ただ、墓を見つめている。


二人の姿を見て。

ベラトリスは、ふっと笑った。

「……なんだか」


二人がこちらを振り返る。

ベラトリスは肩をすくめた。

「夫婦みたいね」


理永は一瞬だけ言葉を失った。


ほんのわずかに、

何かが引っかかった気がした。


けれど。


「何を言ってるの」


いつも通りの声で、そう返した。


由良は少しだけ驚いた顔をしていた。


ベラトリスは笑う。

「だってそうでしょ?」


墓を見る。

「祈りと祝福」

そして二人を見る。

「役割分担、ぴったりじゃない」


冗談のつもりだった。

本当に、ただの冗談だった。


なのに。

言葉にした瞬間。

胸の奥が、少しだけ痛んだ。


――あれ?


自分でも分からない。


ただ。


ほんの少しだけ。


さっきと同じ、あのざわつきが。


ベラトリスは無意識に、由良の方を見た。


胸の奥で揺れていた。









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