表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第44章|『ベラトリス 』
192/201

(7)揺らぎ ― 前半

あの出会いから――

季節がいくつか巡った。


森の色はゆっくりと変わり、

草の匂いも、風の温度も、少しずつ違っていく。


街道へ出ることは、いつの間にか当たり前になっていた。


そして――

彼に会うことも。


黒い外套の男。

由良。


最初は街道だけだったが、

いつからか彼は、森の小屋にも顔を出すようになった。


「また来たの?」


ある日、扉を開けたベラトリスは笑った。

由良は小さく肩をすくめる。


「迷惑でしたか」

「まさか」

ベラトリスは首を振った。

「ただ、よく来るなって思っただけ」


由良は答えず、静かに小屋の中を見た。


その視線の先には――

机に向かう理永がいる。


本を広げ、何かを書き込んでいた。


「また研究?」

ベラトリスが聞く。


理永は顔も上げずに答える。

「ええ」


由良は少しだけ笑った。

「変わりませんね」


理永はようやく顔を上げる。

「変わる必要が?」

「いえ」

由良は首を振った。

「むしろ、その方が安心します」


ベラトリスはそのやり取りを聞きながら、軽く息をつく。

「ほんと、あなた達って研究の話ばっかり」


机の横に腰を下ろす。

「少しは普通の話もしなさいよ」


理永が首を傾げた。

「普通の話?」


「そう。例えば旅の話とか」

由良を見る。

「あなた、色んなところ行ってるんでしょ?」


由良は少し考えた。

「そうですね」


そして静かに言う。

「南の街には、夜でも灯りが消えない市場があります」


ベラトリスの目が輝く。

「夜の市場?」

「ええ。香辛料や布、珍しい品が並ぶそうです」

「そういうの好き!」


ベラトリスは楽しそうに身を乗り出す。

「今度連れてって」


理永が横から淡々と言った。

「危ないわよ」

「夢くらい見させてよ」

ベラトリスは肩をすくめる。

由良はその様子を見て、少しだけ笑った。


小屋の中に、穏やかな時間が流れる。

風が窓を揺らす。

木々がざわめく。


理永は本を開き、由良はそれを覗き込む。

「これは?」

「古い魔法理論」

「聞いたことがありません」

「珍しい本だから」

二人はそのまま話し始める。


ベラトリスはその会話を横で聞きながら、なんとなく思う。


――この二人、案外話すのよね。


理永は基本的に無口だ。

人ともあまり関わろうとしない。


けれど由良とは、不思議と会話が続いている。


魔力の流れ。

世界の構造。

古い魔法の記録。


ベラトリスは途中から半分くらい理解を諦めた。

「……また研究会ね」

頬杖をつきながら笑う。


二人は気づいていない。

夢中で話している。

その様子を見ながら、ベラトリスはふと思った。


――仲いいわね。

そう思った瞬間。


ほんの一瞬だけ。


胸の奥に、小さな引っかかりが残った。


けれど――


ベラトリスは気にしなかった。


別に悪いことじゃない。

むしろ、いいことだ。


理永は昔から一人で研究ばかりしていたし、

こうして話せる相手がいるのは、きっといいことだ。


そう思う。


思うのだけれど。


なぜか――


ほんの少しだけ。

胸の奥が、ざわついた。


理由は分からない。

ただ。


なんとなく。


少しだけ。

変な気分だった。


――気にするほどのことじゃない。


そう思った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ