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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第44章|『ベラトリス 』
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(6)近づく距離

それからも――

街道へ出る回数は、少しずつ増えていった。


理由は、誰も口にしなかった。

けれど三人とも、どこかで分かっていた。


ベラトリスが外へ出ようと言い、

理永がため息をつきながら付き合い、

そして街道へ行けば――


彼がいる。

黒い外套の男。


最初はただ挨拶を交わすだけだった。

けれど、会う回数が増えるにつれて、言葉も増えていった。


旅の話。

遠い街の話。

人間たちの暮らし。


ベラトリスは楽しそうに聞き、よく笑った。


だが――

話しているのは、主に理永だった。


「南の街には、大きな市場がありますよ」

男が言う。

理永は少し身を乗り出した。

「市場?」

「ええ。香辛料や布、それに珍しい本もある」

理永の瞳がわずかに輝く。

「本も?」

「旅人が持ち込むことがあるそうです」

理永は少しだけ考え込む顔をした。

「……面白そうですね」


その横で、ベラトリスはくすっと笑った。

「やっぱり本なのね」

理永がちらりと視線を向ける。

「知識は財産よ」

「旅の話より?」

「旅の話も知識よ」


真面目に答える理永に、ベラトリスは肩をすくめた。

「ほんと、研究者ね」

男が静かに笑った。

「ですが、理永さんの言うことも分かります」

理永が少しだけ驚いた顔をする。

「そうですか?」

「ええ。旅をしていると、知らないことばかりに出会う」

男は遠くの空を見た。

「世界は広いと、思い知らされます」

その横顔は、どこか静かだった。


理永は少し考えるようにしてから言った。

「……それは研究に似ています」

男が視線を戻す。

「似ていますか」

「ええ。知らないことを知ろうとする」

理永は淡々と続ける。

「世界を理解するために」


男はしばらく黙っていた。

それから、少しだけ目を細める。

「あなたは、面白いことを言いますね」


ベラトリスは二人のやり取りを聞きながら、草の上に腰を下ろした。

風が木々を揺らす。

空は高く、街道には旅人が通っている。

平和な昼下がりだった。


二人の会話は続く。

魔力の話。

世界の話。

遠い土地の話。

理永は質問を重ね、男はそれに答える。


ベラトリスはその様子を見て、ふと笑った。

「なんだか、研究会みたいね」


理永が振り向く。

「そう?」

「そうよ」

ベラトリスは頬杖をついた。

「私には半分も分からない話してるもの」

男が申し訳なさそうに笑う。

「すみません」

「いいのよ」

ベラトリスは首を振った。

「聞いてるだけでも楽しいから」

本当に、楽しかった。


風の音。

街道のざわめき。

そして、三人の会話。

こんな時間が、ずっと続けばいいとさえ思った。


けれど――


その時。

理永がふと、男の手を見た。

「……?」


男が気づく。

「どうしました?」


理永は少し考えるような顔をした。

「いえ」


それから静かに言う。

「やっぱり不思議だと思って」

「何がです?」

理永は男をまっすぐ見た。

「あなたの力です」


ベラトリスが顔を上げる。

「またそれ?」


理永は気にした様子もなく続けた。

「魔力ではない。でも、確かに何かがある」


男は黙って理永を見ていた。


理永は少し首を傾げる。

「まるで――」


言葉を探すように、少しだけ間があった。

「……光みたい」


風が、ふっと吹きぬけていく。


男の目が、一瞬だけ揺れる。

だがすぐに、いつもの穏やかな表情に戻った。


「光、ですか」

「ええ」


理永は頷く。

「うまく言えないけど」


ベラトリスは笑った。

「理永って時々詩人みたいよね」

「事実を言っただけよ」

理永は真面目に返す。


そのやり取りを見て、男は小さく笑った。

だがその視線は、ほんの一瞬だけ理永に長く留まっていた。

ベラトリスはそのことに気づかなかった。


ただ、三人で笑った。

それだけだった。




けれど――

遠い場所で。

その光景を、静かに見ている存在がいた。


世界の調律者。

均衡を記録する観測者がいた。


その視線は、二人へ向けられていた。


祝福の魔女。

そして――

神聖の力を宿す人間。


記録は、静かに刻まれる。


危険な組み合わせ。

世界の均衡を乱す可能性。


観測は終わり、判断が下る。


調律は、必要だ。

その決定を、三人はまだ知らない。


ただ、風の吹く街道で――

笑っていただけだった。






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