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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第44章|『ベラトリス 』
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(5)出会いのその後

あの出会いから――

ベラトリスは何度も街道へ出た。


理由は自分でも分かっていたけれど、口にはしなかった。


「また行くの?」

理永が本から顔を上げる。

ベラトリスは肩をすくめた。


「散歩よ、付き合いなさい」

「森の外まで?」

「世界は広いんだから」


そう言って笑う。

理永は小さく息をついたが、結局また一緒に来た。


街道には、いつも同じ風が吹いている。


人間たちが行き交い、

荷車が通り、

旅人が歩く。


その中に――

彼はいた。

黒い外套の男。

木陰に寄りかかり、静かに街道を見ている。


ベラトリスは思わず足を止め、

男が顔を上げる。

「ああ」


小さく笑った。

「また会いましたね」


ベラトリスの胸が、少しだけ跳ねる。

「偶然よ」

そう言いながら、自然と足は彼の方へ向かっていた。


理永は少し後ろから様子を見ている。

男はベラトリスを見て、それから理永の方にも視線を向けた。


「今日も二人ですか」


「いつも二人よ」


ベラトリスは答える。


「親友だから」


男は小さく頷いた。

「なるほど」

しばらく沈黙が流れる。


けれど、不思議と気まずくはなかった。

風が木々を揺らし街道を荷車が通り過ぎる。

その音を聞きながら、男がぽつりと言った。


「あなたは、街が好きなんですね」


ベラトリスは笑った。


「好きよ」


そして少し空を見上げる。

「ここに来ると、世界が広いって思える」


男はその言葉を聞いて、少しだけ目を細めた。

「……そうですね」


今度は理永が口を開いた。

「あなたは旅人なんですか?」


男は理永を見る。

その視線は静かだった。


「そんなところです」


「どこから来たんですか?」


「遠くから」


理永は少し考えるような顔をした。


「魔力の流れが、普通の人間と少し違いますね」


ベラトリスは驚いて振り向く。

「ちょっと、いきなり何言ってるの」


理永は平然としている。

「気になっただけよ」


男は一瞬だけ目を細めた。

それから、小さく笑った。

「よく分かりましたね」


ベラトリスは二人を交互に見た。

「何の話?」


理永は首を振る。

「たいしたことじゃない」


けれどその時、ベラトリスは気づかなかった。


男の視線が、ほんの少しだけ――

理永に長く向けられていたことを。


その時だった。

理永がふと視線を外した。

街道を通る荷車に目を向ける。

「少し見てくる」


そう言って歩いていく。

ベラトリスは思わず笑った。


「ほんと、好奇心旺盛ね」

男も静かに頷いた。


二人だけが、街道の端に残る。

風が吹く。

木々が揺れる。

少しだけ、静かな時間が流れた。


ベラトリスはふと聞いた。

「ねえ」

男が視線を向ける。

「あなた、ずっと旅してるの?」

「ええ」

「飽きない?」


男は少し考えた。

「飽きたことはありません」


そして空を見上げる。

「場所が変わると、空の色も違う」


ベラトリスは目を丸くした。

「空の色?」

「北の海は、少し青が深い」

「本当?」


ベラトリスは楽しそうに笑う。

「いいわね、それ」

心からそう思った。


世界にはまだ知らない景色がある。

知らない空がある。

それを知っているこの男が、少しだけ羨ましかった。


男はそんなベラトリスを見て、少しだけ目を細めた。

「あなたは、外の世界が好きなんですね」

ベラトリスは胸を張った。

「当然よ」

そして笑う。


「世界は広いんだから」

その言葉を聞いて、男は小さく笑った。


その笑顔を見て――


ベラトリスの胸が、また少しだけ跳ねた。

理由なんて分からない。

ただ。

この人と話していると、楽しい。

それだけだった。


遠くから理永の声が聞こえる。

「ベラ、見て」

荷車のそばから呼んでいる。

ベラトリスは振り向いた。

「今行く」


そう言って、男を見る。

「またね」

男は軽く頷いた。

「ええ」


その時はまだ。

この出会いが――

自分の運命を変えるほどのものになるとは、

思ってもいなかった。





その日は、少しだけ長く話をした。

街道の話。

人間の街の話。

旅の話。


ベラトリスは笑いながら話した。

男も、ときどき笑った。


その笑顔を見るたびに、胸の奥が温かくなる。

楽しかった。

ただ、それだけだった。


そして帰り道。

森の中を歩きながら、ベラトリスはふと呟いた。


「ねえ」


理永が振り向く。

「なに?」


ベラトリスは少しだけ照れくさそうに笑った。

「また会えると思う?」


理永は少し考えてから答えた。


「会えるんじゃない?」


「どうして?」


「ベラは、また行くでしょ」


ベラトリスは一瞬だけ黙った。


それから、小さく笑う。


「……そうね」


胸の奥が、少しだけ弾んだ。

その時はまだ、知らなかった。


この出会いが――

彼女の心を、

二度と元には戻らないほど揺らすことになるなんて。




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