閑話Ⅳ|聞かせてしまった夜
(橙生視点)
会議室の扉が閉じたあとも、
橙生はすぐに歩き出すことができなかった。
静まり返った廊下に、
ほんのわずかに残る気配がある。
そこに、陽向と朝日がいたことを、
彼は最初から分かっていた。
「聞かせる必要は、なかったのでは?」
その意見が正しいことなど、
誰よりも分かっている。
——本当に必要がなかったのなら。
——本当に守り切るつもりだったのなら。
聞かせる前に、止めていた。
だが、止めなかった。
止められなかった。
橙生は、壁に手をつく。
力を入れれば、簡単に砕けそうなほど、
その姿勢は不安定だった。
子供たちは、もう「知らない側」ではいられない。
まだ理解できなくても、
いずれ知る時が来る。
——それが、思ったよりも近い。
会議の内容は、彼らには分からない。
数字の意味も、選択の重さも、
まだ背負わせるべきではない。
それでも。
あの空気だけは、隠しきれなかった。
大人たちが、
疲弊し、迷い、
それでも決断してしまう姿。
橙生自身もまた、
父であり、眷属であり、
どちらにもなりきれないまま、そこに座っていた。
守るために聞かせなかった言葉と、
成長を信じて聞かせてしまった沈黙。
その境界が、
今夜、ほんの少し崩れた。
足音が、近づく。
振り向けば、きっと目が合ってしまう。
橙生は、ゆっくりと息を吐いた。
——大丈夫だ。
——まだ、今は。
そう言い聞かせる相手が、
子供たちなのか、
それとも自分自身なのか、
分からないまま。
彼は歩き出す。
父として戻るために。
そして、眷属として、また次の決断を下すために。
この夜のことを、
いつか子供たちが思い出す日が来ると知りながら。




