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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第44章|『ベラトリス 』
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(3)理永の才能

幼かったあの頃から数年が過ぎた。


森の奥にある老魔女の住処は、昔と変わらず静かだった。

石造りの家の周りには背の高い木々が並び、昼間でも柔らかな影が落ちる。


けれど、変わったものもあった。


「……また?」


ベラトリスは、目の前の光景を見て眉をひそめた。

理永の掌に、金色の炎が灯っている。


あの日、初めて見たあの炎。

あれ以来、理永はときどきその火を生み出すようになっていた。


相変わらず、不思議な火だった。


普通の炎のように燃え広がるわけでもなく、

熱を放つわけでもない。

ただ、柔らかく光る。

まるで、小さな太陽の欠片みたいに。


「どうやったの?」


ベラトリスは腕を組みながら聞いた。

理永は炎を見つめたまま、少し困った顔をする。


「わからない」


「またそれ?」


「ほんとに分からないんだよ」


理永は苦笑した。

昔から、こういうところは変わらない。


魔法の理論は誰より詳しいくせに、

自分の魔法について聞かれると、なぜか曖昧な答えしか返ってこない。


「でも」


理永は小さく続けた。


「この火、たぶん……誰かのための魔法だと思う」


「誰かのため?」


ベラトリスは首を傾げる。


「うん」


理永は炎を見つめながら言った。


「壊すためじゃなくて、守るための火」


その言葉に、ベラトリスは少しだけ黙った。


守るための魔法。

そんなもの、聞いたことがない。


魔女の魔法は、力だ。

火、水、風、氷――

自然を操る力。それが普通だった。

でも理永の火は、どうも違う。


「変な魔法ね」

ベラトリスは肩をすくめた。


「そうかな」

「そうよ」


そう言いながらも、視線は炎から離れなかった。


金色の光は、揺れている。

けれど、不思議と不安定には見えない。

むしろ――

とても静かだった。


その時、家の方から声がした。

「理永」

老魔女だった。


理永は振り返る。


「はい」


「また火を出しているのかい」


「……うん」


老魔女はゆっくり近づき、理永の掌の炎を見つめた。


そして小さく息を吐く。

「やはり、その火か」

その声には、どこか確信があった。


ベラトリスは聞く。

「何なんですか、その火」


老魔女はしばらく答えなかった。

やがて静かに言った。

「祝福の火だよ」


その言葉は、前にも聞いた。

けれど、今は少し重みが違う気がした。


「原初の魔法」

老魔女は続ける。

「とても古い魔法だ」


理永はきょとんとした顔をした。

「そんなすごいものなの?」

老魔女は微笑む。

「すごい、というより――」

少し考えてから言った。

「特別だね」

ベラトリスの胸の奥が、また少しだけ揺れた。


……特別。

その言葉は、どこか引っかかった。


昔から、自分は特別だと思っていた。

魔法は得意だったし、

周りの魔女たちよりも強い魔力を持っている。

将来は、きっと偉大な魔女になる。

そう思っていた。


でも最近――

理永の名前を聞くことが増えてきた。


森に来る他の魔女たちが言う。

「老魔女のところの金の火の子」

「祝福の魔法を持つ子」

「珍しい力ね」

ベラトリスはその言葉を、何度も聞いた。

そのたびに、少しだけ胸がざわつく。


理永は相変わらずだった。

本を読み、研究をし、

静かに魔法を試している。

自分が特別だなんて、まるで思っていない。

それが、余計に不思議だった。


「理永」

ベラトリスが呼ぶと理永は振り向く。

「なに?」


ベラトリスは少しだけ考えてから言った。

「今度、魔法の練習付き合いなさいよ」


理永は少し驚いた顔をする。

「いいけど……私、ベラトリスみたいに上手くないよ?」

「関係ないわよ」


ベラトリスはそっぽを向く。

「ただの練習よ」


理永は小さく笑った。

「うん、いいよ」


その笑顔を見て、ベラトリスはほんの少しだけ安心した。


まだ。

まだ自分たちは、同じ場所にいる。

そう思いたかったけれど――

胸の奥のざわつきは、

あの日より少しだけ、大きくなっていた。



―――――――――――――――――――


その日、二人は森の奥まで歩いていた。


老魔女の住処から少し離れた場所。

倒れた大木のそばに、小さな花が咲いている。


ベラトリスはそれを見下ろして言った。

「こんなところでも咲くのね」

理永はしゃがみ込む。

「うん」


土を指で軽く触れる。

「この土、柔らかい」

ベラトリスも覗き込んだ。

確かに、黒く湿った土だった。


理永は少し考えてから言う。

「この下に、たぶん前に倒れた木があるんだと思う」

「木?」

「うん」


理永は周りの森を見渡した。

「昔ここに大きな木があったんだよ」

「どうして分かるのよ?」

「土が違うから」


ベラトリスは少し驚いた顔をした。

理永は続ける。

「死んだ木は土になるの」

「土は草や木を育てる」

小さな花をそっと指差す。

「だから、ここは栄養が多い」


ベラトリスは腕を組んだ。

「つまり、その木は死んだってこと?」

「うん」

理永はあっさり言う。

けれど、その声は暗くなかった。

「でも終わりじゃないよ」

ベラトリスは眉をひそめた。

「終わりじゃない?」


理永は土を軽く掬う。

黒い土が指の隙間から落ちる。

「この世界はね――」

少し考えながら言葉を選ぶ。

「命が回ってるの」


ベラトリスは黙って聞いていた。

理永は続ける。

「死んだ命は、終わりじゃなくて」

「土に還るの」

「そして、土は草や木を育てる」


森の奥で、風が葉を揺らした。


「草や木の実を獣が食べる」

「獣もまた命になって――」

理永は少しだけ笑った。

「誰かの糧になる」


ベラトリスはしばらく黙っていた。

そんな風に世界を考えたことはなかった。


魔法は力だ。

強くなるもの。

それだけだと思っていた。


けれど理永は、まるで違うものを見ている。

世界そのものを、研究しているみたいだった。


「……変なこと考えるのね」

ベラトリスは言った。

理永は笑う。

「そうかな」

「普通、木が倒れたら終わりって思うわよ」


理永は首を振る。

「終わりじゃないよ」


理永は静かに言った。

「ただ、次に回るだけ」


ベラトリスは、その言葉をなぜか覚えていた。

その時は、ただの理屈だと思った。


けれど――

長い時間が過ぎて。

多くの命が失われ。

自分が取り返しのつかないことをしてしまったあとで。

その言葉だけが、

胸の奥に残り続けることになる。


――ずっと。




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