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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第43章|揺れる金の火
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(3)触れる火

灰の塔の午後は、ゆっくりと静かに流れていた。

窓の外では風が草を揺らし、遠くで鳥の声が響いていた。


少女は机に向かい、また一枚、記録を書き終えた。


「対象:小石

変化:表面のひびがわずかに整う

持続時間:不明」


羽ペンを置き、少女はふぅと息を吐く。


机の上には、すでにかなりの量の紙束が積み重なっていた。

どれも似たような結果ばかりだ。

劇的な変化はない。

それでも――

少女は紙をめくりながら、眉を寄せた。

「……でも」


視線が記録の列を追う。

草。

石。

虫。

枝。

花。

どれも違う。

生き物も、そうでないものもある。

少女はふと手を止めた。


「……あれ?」

紙をもう一度見直す。

「生き物だけじゃない……」

ぽつりと呟く。

回復魔法なら、対象は生物のはずだ。

治癒や再生なら、命あるものにしか作用しない。


けれど自分の炎は違う。

石にも。

草にも。

虫にも。

同じように、わずかな変化が起きている。

少女はゆっくりと手の中に金の炎を灯す。

ゆらり、と小さく揺れる火。


「これ……」

炎をじっと見つめながら、小さく呟く。

「私の魔法って……」

少し考え、言葉を探す。


「生き物を治してるんじゃない……?」


指先の火が揺れる。

石を机の上に置き、炎をかざす。

変化はほとんどない。

それでも、石のひびはわずかに整う。

「……やっぱり」


少女は小さく息を吐いた。

「これ、対象を選んでないんだ」


その言葉に、背後でベラトリスの指先が止まる。

少女は気づいていない。

机に向かい、考え込んでいる。


「回復でもないし……修復でもない」


炎を見つめながら、少女は静かに続ける。

「もっと……」


少し迷ってから、言葉を探す。

「状態を整えるだけ……?」

「状態回復魔法……?」

「戻す力……?」

「でも、それなら時間操作?」

「……いや、戻らないものもあるし」

完全には理解していない。

だが、何かが見え始めていた。


ベラトリスは、少女の背中を見つめていた。

胸の奥が、わずかにざわつく。

(……まずいね)

小さく、心の中で呟く。

その思考の方向。観察眼。

どれも、よく知っている。

(あの子と同じだ)


遠い昔。

灰の机に向かい、記録を積み重ねていた一人の魔女。

世界の理に触れようとしていたあの子。


ベラトリスはゆっくりと息を吐く。

(あまりにも……似すぎている)


だが視線は、どうしても少女の手元に向かう。

金の炎は揺らぎながら、消えない。

少女はしばらく炎を見つめていたが、やがて小さく首を傾げた。

「……うーん」

まだ足りない。

何かが足りない。


その時。


窓辺に置いてあった小さな花瓶に目を止める。そこには、一輪の花が挿してあった。

少し元気がなく、花びらはわずかに垂れている。

少女は何気なく立ち上がり、花の前に立った。


そして――

指先の炎を、ほんの少しだけ近づける。

ゆらり、と金の光が触れると、花びらは、わずかに張りを取り戻した。


少女は満足そうに小さく笑う。

「……やっぱり少し元気になる」


それだけ言うと、何事もなかったように机へ戻った。


だが。

ベラトリスの背中に、ぞくりと小さな寒気が走る。


少女はただ、花を元気にしただけだ。

それだけのこと。

けれど――

その仕草が、あまりにも自然だった。

まるで、呼吸でもするかのように。


無意識にその力を使う少女を見て、ベラトリスは、ゆっくりと目を閉じる。

(……まさかね)

小さく首を振る。


灰の塔の中で、少女はまた机に向かう。

金の炎が、静かに揺れていた。

まるで――世界に触れるように。




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