(2)積み重なる記録
灰の塔の一室。
机の上には、いくつもの紙束が積まれている。少女はその一枚に視線を落とし、羽ペンを走らせる。
「対象:鉢植えの花
反応:葉の張りがわずかに回復
持続時間:不明」
書き終えると、小さく息を吐く。
そして紙をめくり、次の記録に目を通した。似たような内容が、何枚も、何枚も続いている。
枯れた枝――変化なし。
小石――少し綺麗になる。
草花――色が戻る。
小さな虫――少し元気になる。
どれも大きな変化は起きない。
だが、何も起きていないわけでもない。
「……微弱な変化」
少女は小さく呟き、次の行に書き加えた。
「うーん……一定の状態への干渉の可能性?」
書き終えたあと、手の中に小さな金の火を灯す。
炎は相変わらず、静かに揺れていた。
劇的な力ではない。
誰かを救うような奇跡でもない。
それでも――
「まだ終わりじゃない」
少女は机の端に置かれた箱を開ける。
中には実験用の小さな対象が並んでいた。
少し欠けた石。萎れかけた草。羽を休める虫。
どれも危険ではないものばかりだ。
少女は慎重に石を取り出し、炎をかざす。
ゆらり、と金の光が揺れる。
石のひびは、変わったようにも見えるし、変わらないようにも見える。
「……やっぱり分からない」
少女は苦笑しながら、また紙に書き込む。
それでも、手は止まらない。
分からないからやめる、という考えは最初からなかった。
「……必ず解明してみせる」
試す。
また観察する。
扉の近くで、ベラトリスが静かにその様子を見ていた。
少女は気づいていない。
机に向かい、夢中で記録を書き続けている。
紙の束は、もうかなりの量になっていた。
ベラトリスはその一枚を手に取り、目を細める。
どれも細かく、丁寧な観察記録だ。
わずかな違いも見逃さず書き残している。
その姿を見て――
ほんの一瞬だけ。
胸の奥に、奇妙な既視感が走る。
(……この子は)
視線の先で、少女はまた炎を灯している。
静かな金の火は揺らぎながら、決して消えない。
ベラトリスの脳裏に、遠い記憶がよぎる。
――あの子も、同じように研究していた。
遠い昔。
まだ世界が今とは違っていた頃。
一人の魔女が、同じように机に向かい、記録を取り続けていた。
折れた枝。
小さな命。
世界の理。
あの子もまた、同じように研究していた。
(……原初の魔女)
ベラトリスの指先が、わずかに止まる。
(まさか……)
少女がペンを止め、顔を上げる。
「師匠?」
声に気づき、ベラトリスはすぐに微笑んだ。
「いや、何でもないよ」
その表情は、いつもの穏やかなものだった。
だが胸の奥で、小さく呟く。
(似ている)
そう。
似ているだけ。
研究熱心なだけ。
それだけだ。
ベラトリスは紙束を机に戻す。
少女はもう次の実験に取りかかっている。
金の炎は静かに揺れる。
諦める気配も、やめる気配もない。
その姿を見て、ベラトリスは小さく息を吐いた。
(……本当に)
視線を細める。
(よく似ている)
灰の塔の静かな午後。
今日も少女の記録が、また一枚増えていった。




