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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第43章|揺れる金の火
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(2)積み重なる記録

灰の塔の一室。

机の上には、いくつもの紙束が積まれている。少女はその一枚に視線を落とし、羽ペンを走らせる。


「対象:鉢植えの花

反応:葉の張りがわずかに回復

持続時間:不明」


書き終えると、小さく息を吐く。

そして紙をめくり、次の記録に目を通した。似たような内容が、何枚も、何枚も続いている。


枯れた枝――変化なし。

小石――少し綺麗になる。

草花――色が戻る。

小さな虫――少し元気になる。


どれも大きな変化は起きない。

だが、何も起きていないわけでもない。


「……微弱な変化」


少女は小さく呟き、次の行に書き加えた。


「うーん……一定の状態への干渉の可能性?」


書き終えたあと、手の中に小さな金の火を灯す。

炎は相変わらず、静かに揺れていた。


劇的な力ではない。

誰かを救うような奇跡でもない。

それでも――

「まだ終わりじゃない」


少女は机の端に置かれた箱を開ける。

中には実験用の小さな対象が並んでいた。


少し欠けた石。萎れかけた草。羽を休める虫。


どれも危険ではないものばかりだ。

少女は慎重に石を取り出し、炎をかざす。


ゆらり、と金の光が揺れる。


石のひびは、変わったようにも見えるし、変わらないようにも見える。


「……やっぱり分からない」

少女は苦笑しながら、また紙に書き込む。


それでも、手は止まらない。

分からないからやめる、という考えは最初からなかった。

「……必ず解明してみせる」

試す。

また観察する。



扉の近くで、ベラトリスが静かにその様子を見ていた。

少女は気づいていない。

机に向かい、夢中で記録を書き続けている。


紙の束は、もうかなりの量になっていた。

ベラトリスはその一枚を手に取り、目を細める。

どれも細かく、丁寧な観察記録だ。

わずかな違いも見逃さず書き残している。


その姿を見て――

ほんの一瞬だけ。

胸の奥に、奇妙な既視感が走る。

(……この子は)


視線の先で、少女はまた炎を灯している。

静かな金の火は揺らぎながら、決して消えない。


ベラトリスの脳裏に、遠い記憶がよぎる。

――あの子も、同じように研究していた。


遠い昔。

まだ世界が今とは違っていた頃。


一人の魔女が、同じように机に向かい、記録を取り続けていた。


折れた枝。

小さな命。

世界の理。


あの子もまた、同じように研究していた。

(……原初の魔女)


ベラトリスの指先が、わずかに止まる。

(まさか……)


少女がペンを止め、顔を上げる。

「師匠?」

声に気づき、ベラトリスはすぐに微笑んだ。

「いや、何でもないよ」

その表情は、いつもの穏やかなものだった。


だが胸の奥で、小さく呟く。

(似ている)

そう。

似ているだけ。


研究熱心なだけ。

それだけだ。

ベラトリスは紙束を机に戻す。


少女はもう次の実験に取りかかっている。

金の炎は静かに揺れる。


諦める気配も、やめる気配もない。


その姿を見て、ベラトリスは小さく息を吐いた。

(……本当に)

視線を細める。

(よく似ている)


灰の塔の静かな午後。

今日も少女の記録が、また一枚増えていった。




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