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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第43章|揺れる金の火
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(1)成長の火

灰の塔の朝は、相変わらず静かだった。

窓から差し込む光は少し傾き、塔の石造りの壁を淡く染めている。


少女は窓辺に立ち、両手の中で小さな金色の炎を揺らしていた。

炎はもう、子供の頃のようにふらふらと揺れるだけではない。


手足が伸び、体つきも少しずつ大人に近づいた今、指先に灯る火は安定している。

かつてのような激しい揺らぎは、もうほとんど見られない。


「……少しは安定するようになった」

少女は自分の声に微かに苛立ちを覚える。


魔力量は増え、手足も成長し、知識も蓄えた。なのに、この力が何の力なのか、どこへ向かうべきなのか、まだ分からない。


炎は安定したが、相変わらず“役に立つのか分からない力”のままだった。


胸の奥に小さな焦りが芽生える。

手の中の火をじっと見つめながら、少女は考える。

「……これでいいのかな。強くなったのに、結局、何も変わらない……」


背後で静かな気配。

ベラトリスが戸口に立ち、灰色のローブの裾を揺らしている。


「おはよう。今日も実験か」


声は穏やかで、少女を責めるようなものではない。

ただ、長年見守ってきた者の落ち着いた口調だ。


少女は軽く頷き、机の上に置いた鉢植えの花に手をかざす。

小さな金色の火がゆらりと揺れる。

花は少し元気になったようにも見える。

だが時間を戻すわけでも、寿命を延ばすわけでもない。

ただ、あるべき姿に触れたように、葉がわずかに張りを取り戻す。


「ふぅ……少しは反応する」

小さく息を吐く。メモをとる。

でも、焦りは消えない。

魔法の正体が分からない。根源も不明。

自分の力が何を意味するのか、まだ理解できないのだ。


ベラトリスは少女の背中をそっと見守る。

口を開かずとも、いつもそばにいる。

危なげなく見守ることしかできない少女の成長を、静かに受け止めている。


「……今日もやる」


少女は小さく呟き、次の実験対象を選んだ。

割れた小石、少し萎れた草花、羽を休めている小さな虫。

どれも命に危害はなく、炎の効果が目に見えやすいもの。

金の炎をかざすと、微かな変化が起きる。


石のひびが、わずかに整ったようにも見える。

葉はほんの少しだけ張りを取り戻した気がした。

小さな虫は、何事もなかったように羽を震わせる。

相変わらずだ。

何か変わったわけではない。

寿命が伸びるわけでも、生き返るわけでもない。

それでも、少女はその変化を見逃さず、指先の炎を揺らしながら、静かに記録を取り続ける。


「……まだ、分からない」

内心の焦りが、炎の揺らぎにほんの少し現れる。

だが、その火はなぜか決して消えなかった。



けれどベラトリスは、そんな少女を咎めることはない。

長年の観察で知っているのだ。焦りも含めて、この子は必ず力の本質に辿り着く、と。


塔の静かな朝。

少女の手の中の火は、今日もゆらゆらと揺れる。

少しずつ、だが確かに、あるべき形に近づくように。



―――――――――――――――――――

(視点︰ベラトリス)


少女は小石の実験を終えると、息を整えながらベラトリスを振り返った。


「師匠、今日は戦闘の練習もしたほうがいいですか?」


ベラトリスは微笑み、杖を軽く叩く。

「もちろん。炎だけが力じゃない。体も、頭も、手も、すべて鍛えないとね」


塔の中庭に出ると、冷たい風が髪を揺らした。

少女は杖を握り、軽く構える。

ベラトリスが杖を向けて簡単な攻撃を仕掛けると、少女は反応してかわす。

炎を使う必要はない。まだ、自分の力の正体は分からないのだから。


「反応はいい。だがもっと腰を落として、足を使うんだ」


少女は頷き、動きを調整する。

小さな石に足をぶつけたり、炎の揺らぎを意識したりしながら、動きは次第に滑らかになっていく。


「はい、師匠!」

「もう一度だ、

ほら集中して、体内の魔力の流れを感じるんだよ」


戦いの後、ベラトリスはそっと少女の手首を取って軽く叩く。

「腕の使い方は良くなった。でも、感覚を忘れないように。魔法はいつでも体と一緒に動くものだからね」


休憩がてら、二人は塔のベランダに座る。

少女は小さな草花を手に取り、軽く炎をかざして微かな変化を楽しむ。

「……少し元気になったかな」


ベラトリスは黙って微笑む。

少女の力の揺らぎや反応を静かに観察している。

もちろん少女には気づかれていない。

外から見ればただの穏やかに見守っているだけだ。


ベラトリスの長年の研究。

――原初の魔女の祝福。

(この子が成長したら……いつか話す時が来るだろう)



「ねぇ、先生」

少女が顔を上げる。

「私、もっと強くなれるんでしょうか……?」


ベラトリスは少し首を傾げ、静かに答える。

「強くなるかどうかは、あなた次第。でも、あなたなら、きっと見つけられる」


その言葉に少女は小さく息をつき、少しだけ安心したように笑う。

手の中の炎も、穏やかに揺れる。

今日も灰の塔には、静かな日常が流れていた。




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