(4)戻す火
塔に戻る頃には、すっかり夜になっていた。
山の空気は冷え、森の音も静かになる。
灰の塔の窓からは、淡い灯りがひとつだけ漏れていた。
ベラトリスは早く部屋へ戻った。
「今日はもう終わりだ」
それだけ言って、階段を上がっていく。
怪我は大したことないと言っていたけれど、やはり少し疲れているのだろう。
少女はその背中を見送った。
それからゆっくりと作業机の前に座る。
塔の中は静かだった。
木の机の上には、いくつかの物が並んでいる。
昼間、帰り道で拾ったものだ。
折れた小枝、小さな石。
少しだけ萎れた草花。
少女はそれを順番に見つめる。
そして、手をかざし、胸の奥に意識を向ける。
魔力を、指先に集中。
昼間と同じ感覚。
でも、今は少し落ち着いている。
ゆっくりと魔力を引き出す。
指先に灯る、小さな金色の火。
ゆらゆらと揺れる。
少女はじっとそれを見つめる。
温度は高くない。
燃え広がるような勢いもない。
昼間の戦いを思い出す。
灰の魔女の魔法。
強い結界。
一撃で魔獣を倒した攻撃。
それに比べれば、この火はとても弱い。
少女は金の火を、机の上の草花に近づけた。
普通の火なら、燃える。
少女にもそれは分かっていた。
けれど金の火は、草花を燃やさなかった。
葉の先に触れる。
小さな光が揺れる。
その瞬間。
少女の目がわずかに見開かれた。
萎れていた草花の葉が、少しだけ持ち上がった。
花の色が、戻る。
完全ではない。
けれど、さっきよりも元気になっている。
少女は炎を離し、草花をじっと見つめる。
さっきより確かに生きている。
少女はもう一度、火を出した。
今度は石に近づける。
割れた小石。
細いひびが入っている。
金の火が触れる。
すぐには何も起きない。
少女は黙って見つめる。
やがて。
ひびの端が、ほんのわずかに縮んだ気がした。
ほんの少しだけ。
見間違いではない。
完全に戻ったわけじゃないけれど。
それでも、確かに変化していた。
少女はもう一度、火を灯した。
夜はまだ長い。
研究は、これからだった。
机の上の草花は、先程よりも、ほんの少しだけ色を取り戻している。
石のひびも、わずかに狭くなっていた。
それは本当に小さな変化だった。
誰かが見ても、気づかないかもしれない。
けれど少女は、じっとそれを見つめていた。
そして静かに思う。
ほんのわずかな変化。
けれど、少女にとっては大きな一歩だった。
小さな金の炎が、
その手の中で静かに揺れていた。
少女は火を消し、手のひらを見つめる。
この火では、燃えない。
壊す力も弱い。
けれど。
少女は炎を離し、草花をじっと見つめる。
その変化を、静かに書き記す。
ほんのわずかな変化に、少女はゆっくりと息を吐く。
昼間、ベラトリスが言った言葉を思い出す。
魔法には色がある。
人によって違う。
少女はもう一度、火を出した。
小さな金の火。
揺れている。
まだ不安定だ。
それでも少女は、その火をじっと見つめる。
灰の魔女の魔法とは違う。
戦う魔法でもないのかも。
この火は、何かを戻す。
壊れたものを。
弱ったものを。
元の形へ。
少女は小さく呟いた。
「……戻す火」
金の火が静かに揺れる。
塔の窓の外では、夜の風が森を渡っていた。
少女は火を消さないまま、その光を見つめ続ける。
もっと知りたい。
この魔法を。
どうすれば強くなるのか。
どうすれば、もっと戻せるのか。
少女は机の上の草花と石を見た。
それからもう一度、火を灯す。
夜はまだ長い。
研究は、これからだった。
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