(3)魔法の色
村を出る頃には、もう夕方だった。
空は少しずつ赤く染まり、森の影が長く伸びている。
少女は灰の魔女の後ろを歩きながら、さっきの戦いを思い返していた。
魔獣の突進。
それを受け止めた結界。
そして、一瞬で終わった攻撃魔法。
どれも無駄がなかった。
少女は小さく息を吐く。
「やっぱり、すごい」
灰の魔女は強い。
知識も、魔法も、全部。
自分とは、まだ違う。
そんなことを考えながら歩いていると、不意に視線が止まった。
ベラトリスの袖。
灰色の布に、暗い染みがある。
少女は足を止めた。
「……師匠」
ベラトリスは振り返らない。
「なんだい」
「怪我してる?」
短い沈黙。
ベラトリスはちらりと袖を見て、肩をすくめた。
「かすり傷だよ」
確かに傷は深くない。
魔獣の爪が掠めた程度だろう。
けれど少女は首を振った。
「治します」
ベラトリスが少しだけ振り返る。
「できるのかい」
少女は一瞬だけ黙った。
それでも言う。
「……やります」
塔へ戻る前、森の小さな空き地で二人は足を止めた。
少女はベラトリスの前に立つ。
そして両手をそっと伸ばし、魔力を集める。
胸の奥、静かに流れる熱。
光が灯る、小さな炎。
金色に近い、淡い火。
それが少女の手の中で揺れている。
少女は集中した。
傷を思い描く。
治る姿を思い描く。
魔力を流す。
炎が少しだけ強くなる。
けれど――
傷は、ほとんど変わらなかった。
少女の眉がわずかに寄る。
もう一度、魔力を整える。
炎は制御されながら、ゆっくりと揺れる、温度もある。
でも、うまく届かない。
少女はゆっくり手を下ろした。
「……うまくいかない」
ベラトリスは腕を組んで見ていた。
そして静かに言う。
「魔法は同じじゃない」
少女が顔を上げる。
ベラトリスは続けた。
「火の魔法でも、人によって違う。
治癒でも、防御でも、全部だ」
風が木々を揺らす。
「魔力には色がある」
少女は自分の手を見る。
さっきの炎の残り火。
まだ、わずかに温かい。
ベラトリスが言う。
「私の魔法は灰だ」
灰の魔女の魔法は銀灰色。
炎になれば、青銀色に燃える。
さっきの結界も、攻撃も。
全部、銀灰色の光だった。
「お前の魔法は違う」
少女は黙る。
ベラトリスの視線が、少女の手へ向く。
「金の火だ」
少女はもう一度、炎を出した。
小さな火。
金色の炎。
けれど不安定に揺れている。
少女はそれを見つめる。
自分の魔法。
強くもなく、派手でもない。
戦いにも向かない。
でも。
さっき、怪我人を見たとき。
この炎を使いたいと思った。
治したいと思った。
少女は炎を見つめたまま、静かに言う。
「……まだ弱い」
ベラトリスは否定しなかった。
ただ一言だけ言う。
「だから学ぶんだよ」
少女は炎を消す。
森の空気が少し冷たく感じた。
それでも少女の胸の奥には、さっきとは違う感覚が残っていた。
灰の魔女の魔法と、自分の魔法。
同じではない。
けれど――
それでいいのかもしれない。
少女はもう一度、自分の手を見た。
そして静かに思う。
この炎を、もっと知りたい。




