(5)灰の魔女の視線
ベラトリスは広間の椅子に座り、魔導書を開いていた。
ふと顔を上げると、視界の端に少女の姿が映る。
金の炎はまだ小さい。
不安定で、揺れている。
今にも消えそうなほど弱い。
それでも――
少女の指先の動きは、昨日より明らかに変わっていた。
「……もう、観察している」
ベラトリスは小さく呟いた。
普通の弟子なら、まずは火を出すことに夢中になり。
次に、消さないことに必死になる。
だが、この子は違う。
炎の揺れ方。
魔力の流れ。
術式との関係。
まるで研究者のように、火を見ている。
少女は床の術式に視線を落とし、指で線をなぞった。
「ここを変えたら……」
小さな声。
魔法陣の一部を書き換え、再び手のひらに魔力を集める。
ぱち、と音がして、金の炎が生まれる。
先ほどよりも――
ほんのわずか、安定していた。
少女は目を丸くする。
「……あ」
炎が、少しだけ揺れない。
完全ではない。
けれど確かに、変化があった。
「成功、かい?」
背後から声がした。
少女はびくっとして振り返る。
ベラトリスが、静かに歩み寄ってきていた。
「し、師匠……」
少女は慌てて炎を消そうとする。
だがベラトリスは手を軽く振った。
「そのままでいい」
少女の手のひらを覗き込み、炎を見る。
金の火。
小さく揺れる、祝福の光。
ベラトリスの瞳が、ほんのわずか細くなる。
「……なるほど」
少女は不安そうに尋ねた。
「間違ってますか……?」
「いや」
灰の魔女はゆっくり首を振る。
「むしろ逆だ」
少女はきょとんとした。
ベラトリスは床の術式を見下ろす。
書き換えられた線。
微妙に調整された角度。
「よく気づいたね」
「え?」
「普通の魔女はね、火を強くしようとする」
ベラトリスは指先で術式を軽く叩いた。
「でも、あなたは違う」
少女の炎を見る。
「火を理解しようとしている」
その言葉に、少女は少しだけ顔を赤くした。
「……だって、知りたいんです」
小さな声。
「どうして燃えるのか」
「どうしたら変わるのか」
「師匠の火と、どう違うのか」
少女は炎を見つめる。
「分からないと、怖いから」
広間に静かな沈黙が落ちた。
ベラトリスは、しばらく何も言わなかった。
やがて、小さく息を吐く。
「……怖い、か」
少女はこくりと頷く。
「昨日、暴れたから」
金の炎がふっと揺れた。
「誰かを燃やしたらどうしようって」
ベラトリスはその言葉を黙って聞いていた。
そして、少女の頭に軽く手を置く。
「いい心がけだ」
少女は驚いて顔を上げる。
「力を怖がる者は、力に呑まれにくい」
ベラトリスはゆっくり言う。
「だが覚えておきな」
少女の炎を見つめながら、灰の魔女は続けた。
「あなたの火は、ただの火じゃない」
少女の瞳が瞬く。
「それは――」
ベラトリスは言葉を止めた。
金の炎が、静かに揺れる。
祝福の光。
けれど、その奥にあるものを、灰の魔女は知っている。
「……いや」
小さく首を振る。
「今はまだ早いね」
少女は不思議そうな顔をする。
ベラトリスは背を向け、窓の外を見た。
朝の光が塔を照らしている。
「その火を、もっと見なさい」
静かな声。
「観察して、理解して、制御する」
振り返らずに続ける。
「そうすれば――」
一瞬、言葉が止まる。
「その火が何なのか、自分で分かる日が来る」
少女は炎を見つめた。
小さな金の火。
まだ揺れる。
まだ未熟。
でも――
「分かりました」
少女は小さく頷いた。
その背後で、ベラトリスは目を細める。
(祝福の光……)
(それだけではないね)
灰の魔女は、心の中で呟いた。
(君の火は――)
(人を救う火だ)
(そしてきっと、誰かを祝福する火になる)
「ここまで読んでくださりありがとうございます!評価ポイント、本当に励みになります!もしよろしければブックマークもポチッとしていただけると、ランキングに載りやすくなり、執筆の大きな力になります!
今後とも、よろしくお願いいたします」




