(3)揺れない炎
少女は、焦げ跡の残る床を見つめていた。
さっき自分が起こした火の暴発。
魔力の流れを整えようとした瞬間、制御を失った炎が弾けたのだ。
ベラトリスは怒りもしない。
ただ静かにその跡を見下ろしていた。
「……やっぱり、難しいです」
少女は少し困ったように笑う。
「感情で火を生むことは出来ても……構造って言われても、まだよく分からなくて」
ベラトリスはわずかに視線を上げた。
「当然よ」
短く言う。
「火は本来、暴れるもの」
ベラトリスは静かに続けた。
「それを従わせるには――理解が必要になる」
そう言って、ゆっくりと手を上げる。
魔力が流れる。
けれどそれは、少女の火のように激しく揺れない。
静かな湖のように整った魔力だった。
指先が軽く動く。
その瞬間――
空気の中に、ひとつの炎が灯った。
青銀の光。
青でもない。
銀でもない。
夜の月光のような、静かな炎。
炎なのに――揺れない。
少女は思わず息をのんだ。
「……きれい」
少女は思わず息をのんだ。
「……きれい」
思わずこぼれた言葉だった。
ベラトリスは炎を見つめたまま言う。
「これは制御された火」
青銀の炎は静かに燃え続けている。
周囲を焦がすことも、荒れることもない。
ただそこに存在している。
「普通の火は感情で生まれる」
「怒り、恐れ、焦り。
そういうものが魔力を刺激する」
少女は自分の手を見る。
さっき生まれた、金の炎。
胸の奥が揺れた瞬間に現れた火。
ベラトリスは静かに続けた。
「この火は違う」
「理論で生まれ、意志で保たれる火よ」
青銀の炎が静かに揺れる。
少女は目を輝かせた。
「すごい……」
一歩前に出る。
「私にも出来ますか?」
ベラトリスは少しだけ視線を向けた。
その瞳には、わずかな沈黙があった。
「……やってみなさい」
少女はすぐに頷いた。
手を前に出す。
呼吸を整える。
魔力を感じる。
さっき教えられた「構造」を思い出す。
流れ。
循環。
魔力の支点。
少女の周囲に、微かな熱が集まり始めた。
小さな火が生まれる。
だが――
炎がぐらりと揺れた。
「……あ」
次の瞬間。
ボンッ
小さな爆発音とともに、火が弾けた。
焦げた匂い。
少女は慌てて手を引く。
「す、すみません!」
床にまた小さな焦げ跡が残る。
ベラトリスはそれを見て、ただ静かに立っていた。
少女は肩を落とす。
「やっぱり……難しいですね」
しばらく沈黙が続いた。
少女は自分の手を見る。
まだ、わずかな熱が残っている。
さっき生まれた、小さな金の炎。
不器用で、弱くて、すぐに消えてしまう火。
それでも――
確かに、そこにあった火。
少女は小さく笑う。
「師匠みたいな火……遠いですね」
その言葉を聞いて、ベラトリスは炎を消した。
静かに言う。
「あなたは」
少しだけ間を置く。
「私にはなれない」
少女は驚いて顔を上げる。
けれどその声は冷たくはなかった。
むしろ――
どこか優しい。
ベラトリスは続ける。
「けれど」
少女が息を止める。
「それでいい」
部屋の空気が、わずかに揺れた。
ベラトリスはゆっくりと言う。
「あなたの火は、私のものとは違う」
視線を少し落とす。
「だからこそ――意味がある」
少女は黙って聞いている。
ベラトリスは静かに続けた。
「私の火は、制御する火。
暴れるものを抑え込む火よ」
そして少女を見る。
「けれど」
声がわずかに柔らぐ。
「あなたの火は違う」
少女は首をかしげる。
ベラトリスは静かに言った。
「あなたの火は、燃やす火ではない」
一拍置く。
「守る火よ」
部屋の中は静かだった。
少女はもう一度、自分の手を見る。
まだ残っている、わずかな熱。
あの小さな金の炎。
未熟で、不器用で、すぐに消えてしまう火。
それでも――
確かに、そこにあった火。
少女はゆっくり顔を上げる。
ベラトリスはもう何も言わない。
ただ静かに立っていた。
その灰色の瞳は、どこか遠くを見ているようだった。
まるで、まだ灯っていない未来の火を見るように。




