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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第41章|青銀の火
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(2)理論の壁

灰の塔の朝は、相変わらず静かだった。

窓から差し込む光が、石の床に淡い帯を作っている。


少女はその中央にしゃがみ込み、床に描いた術式を睨んでいた。

白い粉の円。

その内側に重なる補助線は、昨日より少し複雑だ。


「……うーん」


腕を組み、首を傾げる。

火魔法は成功した。

掌に浮かんだ小さな金の炎。

あの瞬間は、夢みたいだった。


けれど。


「次は、安定させなさい」

ベラトリスはそう言った。


簡単そうに聞こえた。 でも、それは全然違った。


少女は深呼吸する。

円の中央に立つ。


「火の精よ」


静かに詠唱する。


「形を与える」


魔力を指先へ。


――ぽっ


火は生まれた。

昨日と同じ、小さな金の炎。

少女の顔が少し明るくなる。


けれど。

炎は揺れた。

ふら、ふら。

次の瞬間。


――ぱちっ


火花が弾け、炎は崩れた。


「……あ」


炎が消えると部屋には、焦げた匂いだけが残った。


少女は固まる。


「……また」


額に汗が滲む。

もう何度目か分からない。

炎は生まれるが、続かない。

昨日と同じだった。


「……どうしてだろ」

小さく呟く。


背後の壁際で、ベラトリスが腕を組んでいた。


「理由は単純よ」


少女は振り返る。


「魔法は感情ではなく、構造で生まれる」


静かな声だった。

少女は瞬きをする。


「……構造?」


「ええ」


ベラトリスはゆっくり歩み寄る。

床の術式を見下ろした。


「あなたの火は偶然に近い」


少女はむっとする。


「偶然じゃないです」


ベラトリスは淡々と言う。


「なら、もう一度」


少女は唇を噛む。

そして円の中央に戻る。


今度は慎重に。

詠唱。 魔力。


――ぽっ


火が生まれる。


だが少女はすぐに気づいた。

炎が揺れている。

不安定。

必死に魔力を押さえ込む。


「……止まって」


炎は応えない。

ぐらりと揺れ。


――ぼっ


一瞬だけ火が膨れ上がった。


少女は驚き、手を引く。

炎はそのまま消えた。


沈黙。

少女は肩を落とす。


「……できない」


ぽつりとこぼれた。

ベラトリスは言う。


「当然よ」


冷たい声だった。

少女は顔を上げる。


「当然?」


「あなたは火を“感じている”だけ」


ベラトリスは術式を指で叩く。


「でも魔法は構造で動く」


ベラトリスは指先で術式をなぞる。


「火は感情では動かない」


視線を上げる。


「制御されて初めて、魔法になる」


少女は術式を見る。

複雑な線。

意味が分からない。


「……難しいです」

正直に言った。


ベラトリスは少しだけ目を細める。


「でしょうね」


そして、ふと手を上げた。

詠唱はない。

術式もない。

ただ、指先を軽く振る。


次の瞬間。


――ふわ


炎が生まれた。


少女は息を呑む。

それは今まで見た火と違った。


青い。


けれど、ただの青ではない。

銀色の光を含んだ、静かな炎。


揺れない。

暴れない。

まるでそこに最初から存在していたように、静かに燃えている。


少女は思わず近づいた。


「……きれい」


ベラトリスは炎を見つめる。


「青銀の火」


短く言った。


「これは“制御された火”よ」


少女は目を輝かせる。


「すごい……」


炎は静かに燃え続けていた。

まるで意思があるみたいに。


少女は小さく呟く。

「私も、出せますか」


ベラトリスは炎を消した。

沈黙。

そして言う。

「無理ね」


少女の目が丸くなる。

「えっ」


「少なくとも、今は」

ベラトリスは淡々と続けた。

「あなたの火は、私の火とは違う」


少女は首を傾げる。

「違う……?」


ベラトリスは答えない。

ただ少女を見つめた。


小さな体。

擦り切れたローブ。

それでも折れない瞳。


胸の奥で、遠い記憶が揺れる。

金の火。

あの子の炎。

ベラトリスは静かに目を逸らした。


「今日はここまで」


少女は慌てる。


「えっ、まだ出来てません!」


「だから終わり」


少女は不満そうな顔をする。


「でも」


ベラトリスは背を向けた。


「魔法は急いで覚えるものじゃない」


足音が遠ざかる。


少女は術式の円を見つめた。

白い線。

複雑な構造。

分からないことばかり。


それでも。

少女はしゃがみ込む。

指で線をなぞる。


「……もう一回」

小さく呟く。


「出来るまでやる」


その声は小さい。

でも、迷いはなかった。


塔の階段の途中で、ベラトリスは足を止めた。

振り返らない。

けれど、聞こえていた。


その声。

静かに目を閉じる。


――あの子に、少し似ている。


胸の奥で、古い記憶が微かに疼いた。







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