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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第40章|幼き魔女の旅立ち
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(5)七日間の試練 ― 前編

夜明け前、少女は塔を出た。

振り返らない。

振り返れば、きっと弱くなるから。


朝露に濡れた石段を降り、 扉は閉じられた。

灰の魔女は、扉を閉じ物思いに考え込む。


――帰るという選択肢を、あの子は最初から持っていない様にみえた。


七日……

森は静かだった。 だがその静けさは優しさではない。 遠くで枝が折れる音。風に混じる獣の匂い。 湿った土は体温を奪っていく。

子どもに与えるには長すぎる時間だ。 だが短くもある。



森の冷たい空気、湿った土の匂いが少女の肺に入り込む。

「七日間、生き延びる」

それだけを胸に刻む。


塔の上階、割れた窓辺に灰の魔女は立っていた。

視線は静かに、森の奥へと向けられている。


助けない。

手も貸さない。

これは試練だ。

――あの子が、どこまで“自分で立てるか”。


少女はまず、水場を探した。

旅の経験が役に立つ。苔の向き、土の湿り、鳥の飛び立つ方角。


やがて小さな沢を見つける。

両手ですくい、喉を潤す。

それだけで、少し生き返る。


「……よし」

強がりでも、声に出す。


その日のうちに、簡素な寝床を作った。

落ち葉を集め、枝を組み、風を避ける形を整える。


夜はすぐに来る。

森の闇は深い。

塔の中で感じる夜とは違う。


遠くで獣の遠吠えが響いた。

少女の肩が震える。

だが逃げない。


火打石を打ち、火花を起こす。

術式を小さく描き、炎を安定させる。

揺れる火を見つめながら、膝を抱えた。

怖い。

けれど、泣かない。


塔の上から、灰の魔女はそれを見ていた。


術式は未熟。

火力も弱い。


それでも――判断は的確。


「……合格点、ではある」

誰に聞かせるでもなく呟く。



二日目。


罠を仕掛けた。

小型獣用の簡易なものだ。

だが、結果は空振り。

焦りが出る。

食料は限られている。

野草だけでは体力は持たない。



三日目の朝。


罠に小さな鳥がかかった。


少女は息を呑む。

手が震える。

命の重みが、指先に乗る。


「……ごめんね」


小さく呟く。


少女はしばらく動けなかった。

手が震える。


やがて、唇を噛みしめる。


そして――

鳥の首を締めた。



涙は落ちなかった。

ただ、唇を強く噛む。


泣いてしまえば、きっと手が止まる。


その夜、初めてまともな食事を得た。

火の前で、静かに食べる。

生きるためだ。


塔の窓辺で、灰の魔女は目を細めた。


優しさだけでは、生きられない。

それを、あの子は理解している。



四日目。


森に慣れ始める。


水の位置。

安全な木の根。

風向き。


少女の動きが、少しだけ滑らかになる。

小さな魚を捕まえた。

火も、昨日より安定している。

食事を前に、少女はほんの少しだけ笑った。

その笑みは、誇らしげだった。


塔の上で、灰の魔女は視線を逸らす。

あの笑みを、知っている。

強くあろうとする顔。


それはかつて、柔らかな光をまとった親友が浮かべたものと、どこか似ていた。

胸の奥が、わずかに疼く。


――まだ分からない。

生き延びることと、守ることは違う。


夜が落ちる。森の奥で、何かが鳴いた。

空気が変わる。嵐の匂いがする。

少女は空を見上げる。

雲は厚い、風が強まる。

火が揺れる。



四日間、生き延びた。


だが試練は、これからだ。

塔の最上階。

灰の魔女は、静かに呟く。

「そろそろ折れるだろう」

胸の奥で、かすかな願いが芽生えていることに、まだ気づかないふりをした。




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