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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第40章|幼き魔女の旅立ち
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(3)灰の塔に灯る影

(視点︰ベラトリス)


塔の最上階。

割れた窓から、夜風が吹き込む。


灰の魔女は、下を見下ろしていた。

塔の前、石段にうずくまる小さな影。

焼け焦げた、ぼろ雑巾のようなローブ。

擦り切れ、泥に汚れ、縫い目はほつれている。

痩せこけた頬。

何日もまともに食べていないのは明らかだった。


それでも。あの子は、帰らない。

追い払われても、恐怖も、疲労も、空腹もあるだろうに。

立ち去ろうとしない。


――愚かな子だ。

呟きは、風に溶ける。


魔女の森は甘くない。

夜は冷え、獣は飢え、弱い者から奪っていく。


それを知らぬ歳ではないはずだ。

それでも、あの少女は動かない。

膝を抱え、塔の扉に背を預け、ただ静かに夜を越えようとしている。


その姿が、胸の奥に引っかかった。

――なんの因果で、ここへ来たのか。

問いは、声にならない。


昔も、似たような背中を見ていた。

柔らかな光をまとい、誰よりも強く、誰よりも優しかった魔女。

自分が傷つくと分かっていながら、笑って身を引けるひとだった。

あの頃は、愚かだと何度も思った。


だが。

最後に抱きしめられた時の温度は、今も忘れない。

『ベラ、ごめんね…』


――あの夜から、私は研究以外を手放した。

銀の魔女の名を捨てた夜を思い出す。


視線を戻す。

石段の少女は、ついに横たわった。

眠ったのか、気を失ったのか。


夜は深く、森は容赦がない。

――放っておけばいい。

ここは墓場だ。


ここは、研究塔であり、あの子との思い出の場所。

誰かを招き入れる場所ではない。


それなのに。

自然と足が、動いた。

階段を下りる音は、ひどく静かだった。

扉の前に立ち、一瞬だけ立ち止まる。


もしこの子が、かつての光を思わせる存在なら。


私はまた後悔するかもしれない。


それでも。

軋む音を立て、扉は開いた。


冷たい夜気の中で、少女の体は小さく震えている。


灰の魔女は、そっと呟いた。

「……愚かな子だ」


それは、誰への言い訳だったのか。

「……一晩だけだよ」


少女は答えない。


だがその細い肩を抱き上げたとき、

遠い記憶の温度が、わずかに胸を掠めた。


塔の扉は、静かに閉じられ

贖罪の塔に、ひとつの灯りが戻った。




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