(2)灰の塔
灰の魔女を探す旅は、甘くなかった。
夜の森、獣は容赦なく牙を剥く。
一度、狼に囲まれたことがある。
震える手で火花の術式を描き、
焦げた匂いと共にどうにか追い払った。
膝は笑い、心臓は破れそうだった。
嵐の日もあった。
枝葉を打ちつける雨の中、木の根元で夜を明かした。
服は重く、体は冷え、
翌朝は声すら出なかった。
食べ物が尽きた日もある。
野草をかじり、水で空腹を誤魔化した。
それでも、引き返さなかった。
“灰の魔女”に会うまでは。
人伝に聞いたのは、森のさらに奥。
魔女の森と呼ばれる場所に、古い塔があるという。
辿り着いたとき、幼い魔女は足を止めた。
石造りの塔は、半ば崩れかけている。
蔦が絡み、窓は割れ、まるで廃墟だ。
――ここに、本当に?
胸がわずかに揺らぐ。
だが、ここまで来た。
扉の前に立ち、拳を握る。
叩き金を打つ。
コンコン。乾いた音が森に吸い込まれる。
しばらくして、内側から足音がした。
軋む音と共に、扉が開く。
現れたのは――
想像していた“老いた魔女”ではなかった。
二十代後半ほどに見える女性。
銀灰色のまっすぐな髪が、肩の下まで流れている。
整った顔立ち。
冷ややかで、美しい。
その瞳だけが、異様に深い。
視線が合った瞬間、
幼い魔女は息を呑んだ。
空気が違う。強い。
この人は、意思の強い真っ直ぐな目を持っている。
揺らがない存在だと、直感した。
「……何かしら」
声は静かで、温度がない。
「灰の魔女様、ですよね」
問いではない。確信だった。
女性は答えない。
「弟子にしてください」
深く、頭を下げる。
沈黙。
風が、塔の周囲を巡る。
やがて、淡々とした声が落ちた。
「帰りなさい」
幼い魔女は顔を上げる。
「あなたに教えることはない」
「あります」
即答だった。
銀灰の瞳が、わずかに細まる。
「ありません」
一歩、扉が閉まりかける。
「強くなりたいんです!」
扉が止まる。
「守れる魔女になりたい。あなたみたいに」
短い沈黙。
そして。
「……勘違いしているわ」
扉は、無情にも閉じられた。
鈍い音が響く。
取り残された幼い魔女は、しばらく動けなかった。
だが。
その場から、離れなかった。




