(1)森の外へ
森の朝は、まだ薄い霧に包まれていた。
朝露と土の匂いが、静かに混ざり合っている。
小さな家の前で、幼い魔女は薬草を選り分けている。
指先は慎重で、動きは正確だった。
葉脈の色。
香りの重さ。
ほんの僅かな違いを見逃さない。
幼いながら、その眼差しは真剣だ。
「……違う」
一枚をそっと脇へ避ける。
完璧でなければ意味がない。
半端な魔法では、誰も守れない。
その考えは、いつから胸にあったのか。
森の外の世界を、彼女は知らない。
けれど、噂は風に乗って届く。
――すごい魔女がいるらしい。
どんな術式も解き明かし、
どんな呪いも理論で崩す。
千年を生きるという、伝説の魔女。
“灰の魔女”。
かつては“銀の魔女”と呼ばれていたらしい。
その名を思い浮かべるたび、胸が熱くなる。
どうして灰なのか。
どうして銀ではなくなったのか。
でも、きっと
強くて、揺らがない
そんな魔女なのだろう。
幼い魔女は、まだ世界を知らず
魔女としての力の全貌を知らない。
それでも、胸の奥に小さな好奇心がくすぶっていた。
見知らぬ道、見知らぬ人、見知らぬ世界——
すべてが、少しだけ不安で、少しだけ楽しかった。
幼い魔女が、空を見上げれば
森の上には、青が広がっている。
「……行こう」
声は小さい。
けれど、決意ははっきりしていた。
薬草を束ね、小さな鞄に詰める。
必要最低限の道具。
書き溜めた術式の紙片。
振り返らない。
怖くないわけではない。
未熟だと分かっている。
それでも。
強くなりたい。
誰かが傷つくのを、見過ごす魔女にはなりたくない。
守れる魔女になりたい。
灰の魔女に会いたい。
森を抜ける道は細く、
朝露で足元は滑りやすい。
それでも足は止まらない。
やがて木々が途切れ、
知らない空気が頬を撫でる。
幼い魔女は、思っていたよりも世界が広いことを知る。
そして――
どこかで、灰の魔女は今日も研究を続けている。
千年の問いに、答えを探しながら。
幼い魔女は、まだ知らない。
その出会いが、運命であり。
それが、ただの出会いではないことを。




