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(1)空いた席

(視点︰湊)


講義室は、思ったよりも静かだった。


就職活動の時期だ。

空席が多いのは珍しくない。

後方の列も半分以上が埋まっていない。


それなのに――

妙に視線を感じる。


湊はゆるく肩に掛けた鞄を机に置き、周囲を見渡した。


「今日も人、少ないな」


軽く笑う。

いつもなら誰かが何か返す。

冗談の一つも飛んでくる。


だが今日は、視線がすぐに逸らされた。

数秒遅れて、足音が近づく。

同じゼミの女子学生だった。


何度か告白されては、やんわりかわしてきた相手。


「湊くん……」

声が揺れている。


湊は表情を崩さず、首を傾げる。

「どうした?」


彼女は一度息を飲み込む。

「昨日……理永、事故に遭ったって」

湊の視線が、反射的に教室を探す。


「……由良は?」

「無事らしいけど、病院に行ってるって」


時間が、わずかに歪む。

湊は瞬きを一つ。

「……へえ」

反射的に出た相槌は、いつもの調子だった。

けれどその後が続かない。


「詳しくは……まだ分からないけど」

彼女の声が遠い。


由良の姿を探すように、無意識に教室を見回す。


自由席だ、どこに座っていてもいいし、

皆、就活で忙しい時期だ。

――だからこそ、

どこにもいないという事実が、やけに重い。

空いている場所が、やけに広い。


「そっか」

それだけ言って、椅子に腰を下ろす。

背もたれに寄りかかり、天井を見る。

蛍光灯の白い光。

何も変わらない光景。


講義は始まるだろう。

出席も取られるだろう。


世界は何も知らない顔で進む。

湊は視線を前に戻す。

いつもなら、今頃。


由良が遅れて入ってきて、

窓際に座ってる理永が小さくため息をつく。


そんな光景が浮かぶ。

――浮かぶだけで、現れない。


湊は何も言わない。

誰も冗談を期待しない。

教室の空気が、静かに沈んでいく。


湊は、まだ理解していない。

これは“いつもの騒ぎ”ではないということを。




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