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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
第36章|白昼のざわめき
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(3)揺れる午前

理永は窓際の席で、ノートに視線を落としていた。

白い光が机を淡く照らす。見慣れた景色なのに、どこか遠くに感じられる。


胸の奥で、昨日湊と話したときのことが蘇る。

「大丈夫……」

自分に言い聞かせたあの安心感。

あのときは、ちゃんと大丈夫だと思えていた。


でも今、由良と交わした会話が頭をよぎる。

言葉は交わしたのに、どこか一拍遅れる反応。

声や表情は普通なのに、胸のざわつきは消えない。


――やっぱり、自分、おかしいかも。


理永は深く息を吸い、肩をゆっくり落とす。

ノートの文字はまっすぐなのに、視界がわずかに揺れる。

手のひらは少し冷たく、肩の力も抜けない。

背中の感覚が妙に重く、机の硬さもいつもより遠い。


小さく肩をすくめ、指先を机に押し当てて落ち着かせようとする。

けれど、それでも胸の奥で何か、微かに笑うような感覚が残る。


そのとき、由良の小さな動きが目に入る。


少し体を前に傾け、手の先を軽く机に置き、じっと理永を見つめる。

眉がわずかに下がり、口元の力も抜けていない。

その視線には優しさとともに、鋭さが混じっていた。


「……大丈夫、だよ」

小さく、自分に言い聞かせるように呟く。

でも胸の奥の違和感は消えない。

呼吸が浅くなり、胸が小さくざわつく。

手のひらが微かに冷え、指先が震えるのを感じる。

自分の体が、思考より先に“変化”を教えてくれる。


由良の目がチラリとノートに落ちる。

理永の指先や肩の微かな震えを確かめるように、でも言葉にはしない。

その細やかな観察が、理永に重くのしかかる。


――見透かされてる。

全部、見透かされている。


視線を窓の外に移す。

白い光の下で、世界は変わらず回っている。

それなのに、自分の中では、何かが少しずつずれていく。


昨日の湊の言葉、今日の由良の問いかけ、由良の視線や小さな仕草。

全部が重なって、静かに押し寄せる。


――私、ちゃんと“今ここ”にいないかもしれない。


理永は初めて、自分の弱さと疲れに向き合った。

無理して笑ったり、頑張ったりしても、どこかずれる自分。

呼吸は浅く、肩はわずかに震え、手は冷たい。

それを認めたくないのに、胸の奥で確かに感じてしまう。


胸のざわつきに顔を上げると、由良は視線を少し逸らした。

――ああ、やっぱり、全部見抜かれてる。

理永は自分の異変を、初めて言葉にせずとも自覚した。


――まだ誰も知らない。

理永の中で、ゆっくりとほどけ始める“崩れ”が、午前の時間にじわじわと広がっていた。




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