(3)知らない私 ― 揺れる輪郭
昼休みの教室は、いつもより少しだけ騒がしかった。
就活の話題が飛び交って、笑い声が混じる。
理永は窓際の席で、ぼんやりと外を見ていた。
冬の光は白く、校庭の端を淡く照らしている。
「お前、今日テンション低くね?」
背後から声がして、振り向く。
湊が立っていた。
いつも通りの、少しだけ面倒くさそうな顔。
「そんなことないよ」
笑う。
ほんの少しだけ、間があった。
湊は気づいた顔をしたが、何も言わず隣の席に腰を下ろす。
「面接どうだった?」
「普通。たぶん落ちた」
「即諦めんなよ」
「だって手応えなかったし」
軽い調子。
会話はいつもの流れ。
けれど理永は、自分の声がどこか遠いと感じていた。
水の中で喋っているみたいに、わずかに鈍い。
湊はじっとこちらを見る。
「……理永」
呼ばれて、目を向ける。
「無理してるだろ。
疲れてんの、顔に出てるぞ」
理永はきょとんとした。
「え?」
「なんか、幸薄い感じ」
言葉を選びながら、湊は眉を寄せる。
「前はもっと、こう……反応あった」
理永は笑った。
「就活疲れだよ」
それは嘘じゃない。
けれど全部でもない。
胸の奥で、何かが静かに囁いている。
小さく、冷たい声。
――どうせ。
その続きを聞きたくなくて、理永は視線を窓の外に逃がした。
湊はため息をつく。
「あー就活。ほんと地獄だわ」
「理永も、しんどかったらちゃんと言えよ」
強くもなく、軽すぎもしない声。
理永は一瞬だけ、呼吸を忘れた。
胸の奥のざらつきが、ほんの少し薄れる。
声が遠のく。
温度が戻る。
「ありがと」
その言葉は、本物だった。
湊は「おう」とだけ言って立ち上がる。
「昼、ちゃんと食えよ」
「うん」
教室のざわめきが戻る。
窓の外の光は、ちゃんと明るい。
理永は深く息を吐いた。
大丈夫。まだ、自分だ。
そう思った瞬間、胸の奥で小さな影が揺れた。
けれどそれは、
気のせいだと思った。
―――――――――――――――――――
(視点:湊)
図書館は静かだった。
ページをめくる音と、遠くの時計の針の音だけが響いている。
参考書棚の奥で、見覚えのある背中を見つけた。
「あれ、理永だ。」
机に肘をついて、何かの資料を開いている。
近づく。
声をかけようとして、足が一瞬止まった。
――なんか、変だ。
横顔が白い。
いや、白いというより、血の気がない。
「おい」
小声で呼ぶ。
理永が顔を上げた。
一拍、間がある。
それから、笑う。
「……湊?」
その笑顔に、違和感が走る。
化粧はしている。 きれいに整えている。 でも、隠しきれてない。
目の下。 頬の影。 光が当たっても、艶が戻らない。
俺の目はごまかせない。
「お前、ちゃんと寝てる?」
「寝てるよ」
即答。 でも声が、少しだけ掠れている。
机の上の指先が、わずかに冷たそうだった。
「ひとりで図書館とか珍しいな」
「集中できるから」
また一拍。
その“間”が気になる。
前は、もっと速かった。
前は、俺の言葉にすぐ乗ってきた。
今は、 どこか遠くから返事を持ってきてるみたいだ。
「……理永」
名前を呼ぶ。
視線が合う。
黒目が、やけに深く見えた。
ぞくりとする。
ほんの一瞬、 底が見えない気がした。
「無理してんなら言えよ」
同じ言葉なのに、 さっきより重い。
理永は少しだけ目を細める。
「大丈夫だよ」
その言葉が、 やけに軽い。
軽すぎて、逆に沈む。
図書館の蛍光灯が白く反射する。
その目の奥で、 何かが揺れた気がした。
気のせいだ。
就活疲れ、きっとそれだけだ。
そう思いながらも、 俺はその背中から目を離せなかった。
前より、 少しだけ小さく見えた。
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