(3)久しぶりの約束
春の終わり。
少しだけ強くなった日差しの下、理永は駅前で立ち止まっていた。
待ち合わせは久しぶりだ。
就活や講義で予定が合わず、会うのは思っていたより間が空いていた。
「理永」
振り向くと、由良が手を上げる。
いつもの笑顔。
それだけで、胸が少し軽くなる。
「ごめん、待った?」
「今来たとこ」
ありきたりなやり取り。
それが、どこか懐かしい。
並んで歩き出す。
肩が触れそうで触れない距離。
風がやわらかい。
「最近、忙しそうだよな」
由良がさりげなく言う。
「うん……まあ、いろいろ」
理永は笑う。
ちゃんと、笑えているはず。
けれど。
自分の声が、少し遠い。
店に入って、向かい合って座る。
由良が話す就活の話、ゼミの話、友人の話。
理永は頷きながら聞いている。
ちゃんと、聞いている。
――はずなのに。
ふと、視界の端が揺れる。
テーブルの上のカップの影が、わずかに歪んだ。
テーブルの上に、アイスフロートがひとつ。
炭酸の泡が、静かに弾けている。
「二つ頼むのもな、って」
由良が少し笑う。
理永もつられて笑う。
「じゃあ半分ね」
ストローを分け合うのは、少し照れる。
向かい合っている距離が、 いつもより近い。
由良が口をつけたあとだと思うと、胸が少し落ち着かない。
それでも。
甘さが、口の中に広がる。
冷たいはずなのに、 なぜかほっとする。
一瞬だけ。
カップの影が、あかくにじんだ気がした。
瞬きをする。
何もない。
「理永?」
由良の声が近い。
「……聞いてる?」
「あ、うん」
慌てて頷く。
鼓動が少し早い。
由良はしばらく理永を見つめる。
その目は、優しい。
でも、探っている。
「最近さ」
少し間を置いて、
「ちゃんと眠れてる?」
心配、だけではない。
確かめる声。
理永は視線を逸らす。
「寝てるよ」
即答。
でも、ほんのわずかに間があった。
由良はそれを、聞き逃さなかった。
「そっか」
「顔色、あんまり良くない」
不意に、由良が言う。
責める声ではない。
本気で心配している声。
理永は笑おうとする。
「就活疲れかな」
その瞬間。
テーブル越しに、由良の指が伸びる。
頬に、触れる。
ひやり、とした感触。
でも、優しい。
「無理するな」
低くて静かな声。
その距離の近さに、心臓が跳ねる。
並んで歩きながら。
「そういえば」
由良が言う。
「前に一緒に見た映画、続編作るらしい」
理永は目を上げる。
「あのときの?」
まだ付き合う前。
帰り道が少しぎこちなくて、 でも楽しかった夜。
「公開されたら、また行こう」
自然な約束。
理永は頷く。
「その頃には……」
少しだけ笑って、
「就職先、決まってると思うけど」
自分で言って、自分で苦笑する。
由良は真面目な顔で言う。
「決まってなくても行く」
即答。
「理永と行くのが大事だから」
一瞬、言葉を失う。
胸の奥が、じんわりと温かくなる。
ああ。
この人が好きだ。
胸の奥の重さが、沈んでいた何かが、少し浮かぶ。
不安も、焦りもある。
それでも。
隣にいてくれるだけで、 少し強くなれる気がする。
帰り道。
自然に、手を繋ぐ。
指が絡む。
由良の手は、冷たい。
けれど。
その冷たさよりも、自分の指先の方が、わずかに低い。
自分とは違う温度。
けれど、確かに繋がっている。
自分の鼓動が速いことに気づく。
――失いたくない。
その感情が、胸に浮かぶ。
この時間も、この手も。
強く、そう思う。
ふと。
遠い場所で、 誰かも同じように何かを守りたかったのではないか
そんな考えが、かすめる。
理永は首を振る。
そっと由良の手を握り返した。
今は。
この温度だけを、信じていたい。
この手の冷たさだけを、 確かめていたかった。
―――――――――――――――――――
手を繋いだまま、由良は理永の指をそっと包み直す。
人間の体温は、もっと高いはずだ。
なのに。
理永の指先は、少し冷えていた。
由良の胸の奥に、小さな違和感が残る。
言葉にはしない。
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