(4)朝の残響
目が覚めたとき、天井がやけに遠く感じた。
「えっ…涙?」
目元には涙の跡
「うーん、変な夢でもみたかなあ」
カーテンの隙間から、淡い朝の光が差し込んでいる。
初夏の空気は、夜よりも少し軽いはずなのに、体は重い。
ベッドから出るのがつらい
まぶたの裏に、まだ灰色が残っている気がした。
「はぁ…」
――夢。
そう思うのに、形が掴めない。
誰かの背中。
にじむ、あかいろ。
伸ばした手。
そこまで思い出して、途切れる。
胸の奥に、鈍い重さだけが沈んでいる。
何を見たのか、説明できない。
怖かったのかどうかも、分からない。
ただ。
理由のない罪悪感だけが、うっすらと残っている。
理永はゆっくりと起き上がった。
喉が乾いている。
指先が少し震えている気がして、無意識に握りしめる。
手のひらには、何もない。
それでも、洗面所の鏡を見たとき、ほんの少しだけ息が止まった。
目元が赤い。
泣いた跡だと、すぐに分かった。
「……なんで」
声は、思ったよりも普通だった。
夢の内容は思い出せない。
けれど、感情だけが抜け落ちずに残っている。
窓の外から、通学路を歩く足音が聞こえる。
いつもの朝のざわめき。
日常は、昨日と同じように動いている。
今日は一限から講義だ。
由良と顔を合わせれば、きっといつも通りに笑えるだろう。
昨夜のことは、きっと疲れていただけ。
湿気のせいかもしれないし。
昼間に聞いた話のせいかもしれない。
何か特別な意味があるはずはない。
理永は深く息を吸い、ゆっくり吐いた。
朝の光は、変わらずやわらかい。
世界は、何も知らない顔で、今日も動いているのに
胸の奥の重さだけが、静かに残っている。
理永は顔を洗い、冷たい水で頬を叩いた。
鏡の中の自分は、少しだけ頼りなく見える。
目元の赤みを隠すように、前髪を整える。
制服の襟を正し、深く息を吸う。
大丈夫。
そう、言い聞かせる。
机の上の鞄を持ち上げた瞬間、
胸の奥の重さがわずかに揺れた。
けれど立ち止まらない。
扉を開ける。
朝の空気はやわらかい。
春の名残を含んだ風が、頬を撫でる。
坂を下った先。
待ち合わせの場所には、もう人影がある。
由良だ。
壁にもたれて、本を開いている。
けれどページは、あまり進んでいない。
理永の足音に気づき、顔を上げる。
その瞬間。
いつもの、柔らかい笑み。
「おはよう」
たったそれだけで、胸の奥のひびが
少しだけ、静かになる。
「……おはよう」
声は、ちゃんと笑えていた。
由良は一瞬だけ理永の顔を見つめる。
けれど何も言わない。
ただ、並んで歩き出す。
肩が触れそうで触れない距離。
初夏の匂いと、隣の温度。
けれど。
理永の手のひらは、
わずかに冷えたままだった




