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(3)にじむ
『あかい色は、すぐに消えなかった。
視界が狭くなっていくのに、
両手だけが、遅れて残る。
指先が熱いのか、冷たいのか分からない。
触れてはいけないものに触れたような、
妙なざらつきが残る。
こすっても、落ちない。
振り払おうとした瞬間、
景色がまた揺れる。
遠くで、何かが倒れる音。
叫び声のような、
風のような、
判別できない響き。
さっきまであった温度が、消えている。
代わりに残ったのは、
胸の奥に沈む重さ。
罪悪感に似ている。
けれど、何をしたのか思い出せない。
目の前に、影が立つ。
背中。
近いのに、遠い。
手を伸ばせば触れられそうなのに、
指先は空を掻く。
あかが、にじむ。
手のひらから、
床なのか空なのか分からない灰色へ。
広がる。
けれど匂いはしない。
温度もない。
ただ色だけが、強い。
視界の端に横顔が映る。
あの人だと、分かる。
けれど表情は見えない。
口元のあかは、もうない。
最初からなかったかのように。
代わりにあるのは、
何も言わない沈黙。
責めているのか、
守っているのか、
分からない。
胸が、締めつけられる。
苦しい。
息ができない。
あかが、黒に近づいていく。
世界が、沈む。
その直前、
誰かの声がした気がした。
名前を呼ばれたような。』
でも、確信が持てないまま――
目が覚めた。




