(2)夢の入口
『 音がない。
いや、あるのかもしれない。
ただ遠すぎて、届かない。
世界は白に近い灰色でできていた。
輪郭は曖昧で、空も地面も境目がない。
その中で。
温度だけが、はっきりしている。
あたたかい。
誰かの手を握っている。
細い指。
柔らかい感触。
肩が触れ、頬が近づく。
息が、混じる。
言葉は聞こえないのに、
笑っていることだけは分かる。
胸の奥が満たされている。
――幸せだ。
そう、確かに思っている。
けれど。
視界が揺れた。
手の感触が遠のく。
握っていたはずの温度が、すり抜ける。
背中。
誰かの背中が、前を歩いている。
追いかけなければならないのに、足が重い。
声を出そうとしても、音にならない。
距離が縮まらない。
胸の奥が、抉られる。
痛い。
理由の分からない喪失。
振り向いてほしい。
行かないでほしい。
そう願った瞬間、
視界の端に、横顔が映る。
知っているはずの輪郭。
けれど表情は見えない。
ただ静かで、
感情を閉じ込めた横顔。
次の瞬間。
口元に、色があった。
世界がほとんど白黒なのに、
そこだけが、濃い。
あか。
鮮やかで、現実よりも濃い。
何かを言おうとしたのか、
それとも――
分からない。
ただ、その色が焼きつく。
胸の奥が、爆ぜる。
衝動。
理由はない
手を伸ばす。
止めなければ、と。
何かを、放った感覚。
光ではない。
音でもない。
ただ、強い意思だけが弾けた。
そして。
静寂。
世界が落ちる。
視界が下がる。
手のひらに、色が残っている。
さっき見たものと、同じ濃さ。
手のひらも、指先も。
鮮やかで、濃い。
さっき見た色と、同じ。
そこで初めて、
冷たい感覚が走った。
これは、何だ。
問いかける前に、
世界が割れた。 』




