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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
32章|夜のひびき
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(1)湿り気のある夜

初夏の空気は、春よりも重かった。


昼間は晴れていたのに、夜になると湿り気を帯びて、肌にまとわりつく。

窓を開けても風はぬるく、カーテンだけが頼りなく揺れている。


大学では、三年生向けのインターン説明会が続いていた。

夏休みは就活の前哨戦。

まだ少し先の話のはずなのに、空気はもうどこか張りつめている。


昼休み、食堂で湊が声を潜めた。


「そういえばさ、卒業した先輩から聞いたんだけど」


どうせまた大げさな話だろうと思っていた。


「去年のインターン先の会社さ、最終日まで働いてたのに、後から調べたら存在してなかったって話」


「は?」


理永は笑った。

けれど湊は珍しく真面目な顔をして続けた。


「最終日、残業してた先輩がさ。誰もいないはずの廊下の奥に、人が立ってるの見たって。振り返った瞬間、消えたらしい」


「……それ、普通に怖いじゃん」


「まだあるよ」


湊はさらに声を落とす。


「インターンに行った会社がさ、ある日忽然と消えたって話」


「消えた?」


「ビルはある。でも会社の名前がどこにもないらしい。大学の紹介リストにも、履歴が残ってなかったって」


笑い話のはずなのに、妙に具体的だった。


「まあ、都市伝説だろうけどさ。就活シーズンの恒例らしいよ。『会社選び間違えると人生消えるぞ』っていう警告的なやつ」


最後はいつもの調子に戻ったけれど、

理永の胸の奥には、なぜかその話が引っかかっていた。


―――――――――――――――――――


夜。


ふと、由良の部屋で見た

ローチェストの上の宝石箱を思い出す。


机に向かっても、文字が頭に入ってこない。


湿った空気がまとわりつき、寝苦しさがじわじわと広がる。

送風機をつける、けれど生温い風がジメッとしていて静かに体力を奪う。


胸の奥が、落ち着かない。


昼間の話のせいだろうか。


消えた会社。

いないはずの人影。


未来に向かっているはずなのに、

ふと足元が抜けるような感覚がする。


そのとき。


指先に、ひやりとした感覚が走った。


汗ばんだ手とは不釣り合いな、冷たい気配。

まるで一度、水に触れたあとのような。


思わず手を見下ろす。


何もない。


部屋もいつも通りだ。


それなのに、胸の奥がざわつく。


「……気のせいだよね」


小さく呟く。


夜は深い。

音はなく、ただ湿気だけがまとわりつく。


眠ろうと目を閉じた瞬間、

かすかな軋みが、内側で鳴った。


「今夜は、なかなか寝むれないかも…」



まぶたの裏が、重くなる。

眠りは、浅く沈んでいく



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