(2)
(視点:由良)
講義が終わる時間を、由良は知っている。
「昨日の参考文献、少し貸してもらっていい?」
昼間、さりげなくそう頼んでおいた。
あくまで学業の延長の顔で。
夕暮れ。
西日が校舎の壁をやわらかく染めるころ。
中庭のベンチに腰を下ろし、由良は文庫本を開いていた。
ページをめくる指先は静かだが、文字はほとんど目に入っていない。
風が吹く。
昼間よりもわずかに冷えた空気。
蝉の声も、まばらになってきている。
――足音。
視線を上げなくても分かる。
(来た)
それでも一拍置いてから、しおりを挟み、本を閉じた。
「待った?」
穏やかに微笑むように顔を上げる。
理永は、ほんの少しだけ呼吸を整えるように立っていた。
目が合うまでのわずかな間に、迷いと期待が揺れる。
――自覚した目だ。
昨日までとは違う。
由良は立ち上がる。
距離は、ほんの半歩近い。
「待ってないよ。ちょうど区切りがよかった」
軽く本を掲げて見せる。
「今日は、少し涼しいね」
並んで歩き出す。
肩が触れそうで触れない距離。
理永の指先が、無意識に揺れる。
その変化を見逃さない。
「……緊張してる?」
低く、からかうように。
理永が視線を逸らす。
頬にうっすらと色が差す。
ああ――
可愛い。
だが、それは言わない。
代わりに、少しだけ意地悪く距離を縮める。
「俺のせい?」
その一言で、
夏の終わりの空気が、ほんの少しだけ熱を帯びた。
——まだ、触れていないのに




