(1)視線の先
朝。
目覚ましが鳴る前に、理永は目を開けた。
眠れなかったはずなのに、不思議と体は軽い。
カーテンを開けると、柔らかな光が差し込む。
昨日と同じはずの景色。
けれど、どこか違う。
(……変なの)
歯を磨きながら、ふと思い出す。
門の前に立つ姿。
「いつでも」
あの声。
顔が熱くなる。
「落ち着け……」
小さく呟く。
大学へ向かう道。
見慣れた並木道。
風が少しだけ涼しい。
教室の扉を開けると、いつもの空気。
けれど、視線が自然と探してしまう。
蜂蜜色の瞳。
――いた。
窓際の席。
静かに本を読んでいる。
視線が合う。
一瞬。
ほんの一瞬、目がやわらぐ。
それだけ。
それだけなのに、胸が跳ねる。
昨日までと同じ距離。
でも、確かに違う。
理永は席に着きながら、そっと思う。
(世界は、色づいてる)
まだ誰も知らない。
静かで、小さな変化。
けれど確実に、昨日より近い。
―――――――――――――――――――
昼休み。
教室は少し騒がしい。
理永はノートを開いたまま、さっきの由良の視線を思い出していた。
蜂蜜色の瞳。やわらいだ、ほんの一瞬。
「考えごと?」
声がして、顔を上げる。
隣には湊が、いつの間にか腰を下ろしていた。
「え、別に」
とっさに否定する。
湊はくすっと笑った。
「顔、わかりやすいですよ」
「……何がですか」
「昨日、何かありました?」
どきり、と心臓が跳ねる。
「な、何それ」
「昨日、由良と一緒でしたよね」
さらっと言う。理永は言葉を失う。
湊は机に肘をつき、声を少し落とした。
「由良、ああ見えて独占欲ありますよ」
「え?」
「静かに囲うタイプです」
意味深な笑み。
「気をつけてくださいね」
そう言うと、湊は立ち上がり、席を離れた。
ちょうどそのとき、教室の扉が開く。
由良が戻ってくる。
理永は思わず視線を追う。
由良の目が、わずかに細まる。
ほんの、わずかに。
理永にはその違和感はまだわからない。
けれど、空気は少しだけ変わった。




