(5)彼の隣で
手を繋いだまま、屋敷の門をくぐる。
蝉の声が遠ざかり、代わりに静けさが降りてくる。
広い庭。
白い外壁。
何度見ても、ひとりで住んでいるとは思えない。
玄関前で、由良がそっと手を離した。
空気が触れた瞬間、指先が軽くなる。
(……あ)
ほんの少しだけ、物足りない。
けれど何も言わない。
「どうぞ」
いつもの穏やかな声。
居間に案内されると思っていたのに、階段を上がる。
「え?」
「こちらのほうが静かなので」
たどり着いたのは、由良の部屋。
整いすぎているほど整った空間。
無駄なものがほとんどない。
(ここで寝てるんだ……)
思った瞬間、自分の考えに少し焦る。
「好きなところを使ってください」
大きめの机に向かい合って座る。
ノートを開き、資料を広げる。
ペン先が紙を走る音だけが、部屋に落ちる。
レポートのテーマ。
“異種族との共存”。
理永はペンをくるりと回しながら、ふと隣を見る。
由良は静かに文献をめくっている。
自然な横顔。
落ち着いた仕草。
「由良さんって、吸血鬼なのに……なんか人間っぽいですよね」
悪気はない。
ただの感想。
由良は視線を資料に落としたまま、普通に答えた。
「元人間ですから」
理永は顔を上げる。
「そうなんですね」
それだけ。
驚きも、怖がりもしない。
(だからかな)
なんとなく、腑に落ちる。
太陽の下を歩いて、
ポップコーンを食べて、
今こうして隣でレポートを書いている。
吸血鬼だけど。
でも、由良は由良だ。
「続き、どう書きますか?」
「え、あ、はい。えっと……」
空気は変わらない。
静かな午後は、そのまま流れていく。
理永が資料を読んでいて、ふと眉を寄せる。
「……変ですね」
「何がですか」
「この資料、異種族の出現記録が急に増えてるんです。それ以前の時代は、ほとんど残ってなくて」
由良はページを覗き込む。
「空白期間、ですか」
「はい。まるで……一度、世界が途切れたみたいな」
理永が冗談めかして言う。
「もしかして、昔は一回滅びかけたとか?」
由良、ほんの一瞬だけ目を細める。
「……どうでしょうね」




