(3) 夕暮れの帰路
家の前まで送ってもらう。
玄関灯のやわらかな光が、二人の影を伸ばしている。
「ここまでで大丈夫です」
理永が言うと、由良は小さくうなずいた。
「今日は、ありがとうございました」
少し改まった声。
その丁寧さが、くすぐったい。
「こちらこそ。楽しかったです」
目が合う。
ほんの数秒。
言葉が続かない。
でも、気まずくはない。
どちらからともなく、そっと手を離す。
さっきまで繋いでいた温度が、急に恋しくなる。
「……気をつけて帰ってくださいね」
「はい。理永も」
名前を呼ばれるだけで、胸がやわらかくなる。
「今日は、本当にありがとうございました」
もう一度、ちゃんと伝える。
由良は少しだけ目を細めた。
「また、出かけましょう」
約束の言い方じゃない。
でも、自然な未来。
理永はうなずいて、家の扉を開ける。
振り返ると、由良がまだそこにいる。
小さく手を振る。
由良も、わずかに手を上げる。
それだけで、胸がいっぱいになる。
―――――――――――――――――――
(視点:理永)
部屋に入り、灯りをともす。
コートを脱いで、ベッドに腰を下ろす。
静かだ。
でも、心はまだ外にある。
そっと、自分の手を見る。
右手。
さっきまで、由良の指が重なっていた。
強く握られたわけじゃない。
引き寄せられたわけでもない。
ただ、重ねられた。
それだけなのに。
(……あたたかい)
もう温度は残っていないはずなのに、
思い出すだけで指先がじんわりする。
横になって、目を閉じる。
映画の場面よりも、 並んで歩いた時間の方が鮮明だ。
「また、出かけましょう」
あの声が、やわらかく響く。
胸が静かに高鳴る。
落ち着いているはずなのに、 どこか眠れない。
天井を見上げる。
ゆっくり息を吐く。
友達だった頃にはなかった感覚。
少しだけ、世界が変わった気がする。
不安よりも、安心が勝っている。
それが、うれしい。
理永はそっと、手を胸元に寄せる。
まぶたの奥に、由良の横顔。
そのまま、静かな余韻の中で
夜はゆっくりと更けていった。
―――――――――――――――――――
(視点:由良)
玄関の扉が閉まる。
しばらく、その前に立ったまま動かなかった。
由良は顔を上げる。
二階の窓。
数秒後、明かりが灯る。
……ほっとする。
無事に部屋に入ったと分かるだけで、 胸の奥がゆるむ。
(大げさだな)
自分でも少し可笑しい。
けれど、視線を外せない。
カーテン越しのやわらかな光。
あの部屋で、 今ごろ今日のことを思い出しているのだろうか。
そう考えるだけで、胸が満たされる。
指先に、まだ感触が残っている気がする。
強く握らなかった。
握れなかった、が正しいかもしれない。
あれ以上は、急ぎたくなかった。
理永の歩幅に合わせると決めたから。
でも。
(……もっと)
一瞬、よぎる。
もっと触れたかった。
もっと近づきたかった。
その衝動を、静かに押さえる。
今日の理永の、あの迷いながらも逃げなかった指先。
それだけで十分だ。
焦らなくていい。
大事にしたい。
壊したくない。
ようやく、由良は踵を返す。
夜の道を歩き出す。
冬の空気が、少し冷たい。
頭は冷えていくのに、 胸の奥は熱いままだ。
(俺は、きっと)
思っていた以上に、理永が好きだ。
今までは、守るつもりだった。
でも今日は違う。
触れた瞬間、はっきり自覚した。
あの小さな手を、 もっと自分のほうへ引き寄せたいと。
足が止まりそうになる。
深く息を吐く。
「……だめだな」
小さく呟く。
急がないと決めたばかりだ。
理永の安心を、最優先にする。
それが、自分の役目だ。
けれど。
胸の奥で、確かに芽生えている。
優しさだけでは収まらない感情。
守るだけでは足りない想い。
夜道を歩きながら、
由良は静かに覚悟する。
この恋は、
きっと、
自分を思っているよりも
ずっと深くなる。




