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(1)探す理由
この街に来たのは、偶然ではない。
夜を渡り歩き、 人の波を抜け、 目を凝らしてきた。
探していた。
ただ一人。
理由を問われれば、答えは曖昧になる。
運命だとか、 必然だとか、 そんな言葉で飾るつもりはない。
ただ――
会いたかった。
それだけだ。
坂の下。
春の光の中に、彼女はいた。
風に揺れる黒髪。 何も知らない顔で笑っている。
胸の奥が、静かに震えた。
吸血鬼になってから、 多くの鼓動を聞いてきた。
だが、違う。
血ではない。
命でもない。
もっと深い何かが、 彼女に反応している。
「……見つけた」
小さく呟く。
喜びよりも先に、 安堵が落ちる。
長い時間をかけて辿り着いた場所。
彼女は、まだこちらに気づかない。
それでいい。
急ぐ必要はない。
慎重に距離を測る。
近づきすぎれば警戒される。 離れすぎれば、また見失う。
だから――
自然に。
偶然を装い、 日常の中に入り込む。
導くように。
だが、押しつけない。
彼女が自分で選んだと 思える形でなければ意味がない。
由良は目を細める。
愛している。
まだ触れたこともないのに。
それでも確かに、 彼女を求めている。
「……今度こそ」
言葉は、そこで途切れた。
続きは、胸の奥に沈める。
彼女が振り向いた瞬間。
視線が、かすかに交わる。
それだけで十分だった。
ここから始めればいい。




