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『救済ではなく、継承の物語』― アストラル継承記 ―  作者: 龍の末裔
【第二幕】 第23章 | 出会い
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(5)消えない体温、消えない予感

雨の日以来、理永の世界からは「退屈」という文字が消えた。


図書館のいつもの席。

隣に由良がいることが、呼吸をするのと同じくらい自然で、けれど心臓が跳ねるほど特別なことになっていた。


レポートを書くふりをして、理永は隣の横顔を盗み見る。


由良はいつも古い革表紙の本を読んでいる。その指先は白く、陶器のように滑らかだ。


「……由良くん」

「ん?」

「由良くんって、たまにすごく遠くにいるみたいに見えます」


ふいに漏れた言葉に、由良がページをめくる手を止めた。


蜂蜜色の瞳がゆっくりと理永を捉える。


その瞳の奥には、理永の知らない膨大な時間が沈んでいるようで、

胸が、わずかにと痛んだ。


「遠くないよ。ここにいる」


「でも……」


理永は、雨の日に触れた彼の袖の冷たさを思い出していた。

あんなに優しいのに。あんなに側にいてくれるのに。


時折、彼が霧のように消えてしまうのではないかという、根拠のない恐怖が襲ってくる。


「私、もっと由良くんのことが知りたいです。大学のことじゃなくて、もっと、普段何してるのかとか……好きなものとか」


由良はわずかに目を細めた。その表情は、愛おしそうでもあり、ひどく悲しそうでもあった。


彼は静かに本を閉じると、理永の手に、自分の手を重ねた。


指先から伝わる、わずかな温度。


いや、それは温度というよりも、彼という存在が放つ静かな拍動のようだった。


「理永。俺は、

君が思っているような人間じゃないかもしれないよ」


「え……?」


由良の蜂蜜色の瞳が理永を見つめる


「それでも、君は俺の隣にいたい?」


その問いは、

何度も繰り返されてきた儀式のようだった。


重くて、

切実。


理永は息を呑んだ。

彼の言葉の意味は分からない。

けれど、

確信したことが一つだけあった。


(この人は、私が捕まえておかないといけない)


直感が叫んでいた。


彼が抱える孤独の深さは分からないけれど、その孤独に触れていいのは自分だけだという、傲慢で純粋な確信。


「……いたい、です。理由なんて、分かんないけど」


理永の声が震える。


由良は驚いたように目を見開いた後、

ふっと、これまでに見たこともないような柔らかな笑みを浮かべた。


「……本当に、君は......」


その呟きは、理永には届かずに

図書館の静寂に溶けて消えた。


その日の帰り道。

夕焼けに染まるキャンパスを歩きながら、理永は自分の拳をぎゅっと握りしめていた。


「好き」という言葉が、喉の奥までせり上がってきている。


顔が綺麗だからじゃない。

偶然会うからでもない。

まるで魂のどこかが、彼を呼んでいるみたい。


運命なんて信じていなかった。


けれど、今、目の前を歩く彼の背中を見つめているだけで、涙が出そうになるこの感情に、名前をつけなければいけないと思った。


(次に会ったら……ちゃんと言おう)

理永は、オレンジ色に染まる彼の琥珀色の髪を見つめながら、心に決めた。


彼がどんな秘密を抱えていても、

自分から手を離すつもりはない、と。


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