(4) 雨の道の距離
ある日の帰り道
夕方、雨がしとしとと降っている。
駅へ向かう道で、理永はふと前を見ると由良が傘も持たずに歩いているのに気づく。
「傘、大丈夫ですか? 良かったら入って」
理永は自分の傘を少し傾け、さりげなく由良に差し出す。
由良はほんの少し微笑み、落ち着いた声で、
「ありがとう」
彼の声は穏やかで、優しく返ってきた。
理永は胸の奥が、ほんの少しだけ温かくなるのを感じた。
二人は肩を並べ、静かに歩く。
雨は細かく、街灯に反射して小さな光の粒になって降ってくる。
傘の下だけ、世界が少しだけ柔らかくなるような気がした。
「雨、意外と強くなりましたね」
理永は小さな声でつぶやく。
由良は少し視線を落として、彼女の傘に自然に近づくように歩いた。
「理永に会えて良かったよ」
返事は短いが、落ち着いた温かさがある。
理永はその声に少し安心して、傘をぎゅっと握り直した。
道の端に沿って歩く由良は、さりげなく車道側を歩く。
水たまりに濡れないように、
彼女を守るためのさりげない距離感。
それはまるで、彼の習慣のようでもあった。
「……ありがとうございます」
理永が小声で礼を言う。
「雨の中、誰かと歩くの、少し久しぶりで」
由良は微かに目を細めると
彼女の素直さに、心の奥で微笑んだ。
駅までの短い距離。
それでも、二人の間には言葉以上の距離感があった。
触れそうで触れない、でも確かに意識せずにはいられない距離。
雨音に混じって、街の匂いが微かに鼻をくすぐる。
湿ったアスファルト、雨で濡れた木々、そして傘の下の静かな空間。
理永はふと、横を見上げた。
そこには、真剣で落ち着いた横顔。
温かくて、どこか遠い存在。
なのに、目の前にいることが、何もかも自然で、不思議な感覚だった。
二人の歩みは、駅の改札へ、
傘を閉じる
雨の雫が髪や肩を濡らしていたけれど、心の中は少し温かい。
「……ありがとうございました」
理永は自然と小さな声で言った。
傘を差し出され受け取る、なぜか胸がじんわりする。
由良は微かに微笑む。
「こちらこそ、傘に入れてくれて助かったよ」
その声は変わらず穏やかで、理永の胸の高鳴りを押さえつけるように、でもそっと包むように響いた。
理永はふと、自分からもう一言声をかけたくなる。
「あの、また……会えるといいですね」
由良は一瞬視線を止め、少しだけ目を細める。
「うん、きっと会えるよ」
言葉は短かった、でもその瞳は確かに理永だけを見ていた。
電車の音が遠くで響く。
人々が行き交う駅構内でも、二人の間だけは、時間が少し緩やかに流れているみたいだった。
理永は少しだけ笑みを浮かべ、胸のざわめきを抑えた。
(……どうしてだろう、ただ一緒に歩いただけなのに、こんなに心が熱くなるなんて)
由良は、静かに理永の背中を見送る。
理永は少し歩き後ろを振り返り、由良に手を振った。
(また、会えますように……)
雨の香り、街の灯り、そして傘の下の温もり。
すべてが、理永の心に静かに刻まれた。
新しい日常の中で、二人の距離は少しずつ、静かに、でも確実に近づいていた。




