(1) 星を信じていた夜
主視点:ルシアン
ルシアンは、星を見るたびに思う。
世界は、ちゃんと出来ているのだと。
夜空は澄みきっていて、星々は迷いなく瞬いている。
互いに距離を保ち、位置を違えず、
長い時間をかけて定められた秩序の中に在る。
それが、とても好きだった。
彼は、愛されて育った子供だった。
吸血鬼の由良と魔女リエナの末っ子として生まれ、
年の離れた兄や姉たちに囲まれ、
気がつけば、いつも誰かの視線の中にいた。
転べば手を引かれ、
黙り込めば声をかけられ、
何も言わなくても「大丈夫だ」と分かってもらえる。
そんな時間が、当たり前だった。
親元を離れたばかりの今も、その感覚は消えていない。
小さな鞄の中には、着替えと星図と、
家族から渡された、いくつかの言葉が残っている。
「無理はするな」
「夜は冷えるから、星を見るなら上着を忘れるな」
「帰りたくなったら、いつでも帰ってこい」
それらは縛るための言葉ではなく、
戻れる場所があるという、静かな約束だった。
丘の上に腰を下ろし、ルシアンは星図を広げる。
紙の線と、空の星を重ねる作業は、
幼い頃から何度も繰り返してきたことだ。
占星術師になりたい。
その夢を口にしたとき、家族は誰も笑わなかった。
星は意味を持つ。
人の生を照らし、
選択の先にある可能性を、そっと示してくれる。
そう信じることを、
彼は誰にも否定されたことがない。
双子座は今日も正しい位置にある。
天秤座は均衡を保ち、
名も知らぬ星々も、それぞれの役目を果たしている。
世界は秩序立っていて、
裏切られる理由が見当たらない。
「……綺麗だな」
思わず漏れた声に、返事はない。
けれど、その沈黙すら、ルシアンには優しかった。
星を読むことは、
世界を信じることと同じだ。
そう教えられたわけではない。
ただ、そう思えるだけの時間を、
彼は与えられてきた。
家族に。
世界に。
そして、空に。
この夜、少年は疑うことを知らない。
守られてきた者のまなざしで、
ただ美しい星空を見上げている。
まだ、何も壊れていない。
まだ、何も失われていない。
星は正しくそこにあり、
未来は、疑う必要のないものだった。
――その時までは。




