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勇者に恋した僕は、強くなるたび彼女を壊してしまう  作者: 小林南瓜
第一章 始まり

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第八話 歪み

 その夜、ほとんど眠れなかった。


 目を閉じるたびに、

 あの光景が浮かぶ。


 カレンの胸に浮かんだ、意味の分からない模様。

 そして、力を失って倒れた身体。


(……偶然なわけがない)


 そう思えば思うほど、

 剣の重さが、頭の中に残った。


====================================================================


 翌朝、訓練場に向かった。


 いつも通りの時間。

 いつも通りの景色。


 木剣を受け取る。


 ……はずだった。


 手が、伸びない。


「どうした?」


 訓練係の男が、怪訝そうにこちらを見る。


「今日は……休みます」


 自分でも驚くほど、声は落ち着いていた。


「珍しいな」


 男はそれだけ言って、視線を外す。

 理由を聞かれなかったことに、少しだけ救われた。


 訓練場を離れる。


 腰の剣が、やけに重い。


 剣を振れば、強くなれる。

 それは、疑いようのない事実だ。


 でも。


 強くなった瞬間に、彼女は壊れかけた。


 その因果を、

 もう無視できなかった。


(……なら)


 答えは、ひとつしかない。


 ――剣を振らなければいい。


 臆病で、逃げている選択だと、分かっている。

 それでも、今の自分には、他の道が見えなかった。


====================================================================


 街道の先に、人だかりができていた。


「勇者様が来てるらしい」


 その言葉に、胸が跳ねる。


 足が止まり、

 それでも、引き寄せられるように近づいてしまう。


 カレンは、そこにいた。


 以前と変わらない鎧姿。

 人々に囲まれ、笑顔で応えている。


 倒れたことなど、

 誰も想像できないほど、いつも通りだった。


(……元気そうだ)


 それだけで、胸の奥が少し軽くなる。


 カレンが、こちらに気づいた。


 目が合う。


「シュン」


 迷いのない声。


 その一言で、

 胸の奥が、きゅっと締め付けられた。


「……どうしたの?」


 近づいてきた彼女が、首を傾げる。


「最近、剣……振ってないでしょ」


 言われると思っていた。

 だから、何も言い返せなかった。


「……少し、考え事があって」


「考え事?」


 心配そうな目。


 言えない。

 言えば、彼女は立ち止まってしまう。


「無理、してない?」


「してません」


 即答してしまった自分が、情けない。


 カレンは、少し黙り込んでから言った。


「……シュン、強くなったよね」


 胸に、刺さる言葉。


「一緒に戦ったとき、分かった。

 ちゃんと、前に進んでる」


 それなのに。


 少しだけ、言葉を選ぶように間が空いた。


「……なんだか、前と違う気がする」


 その一言が、胸に残った。


 近づけば、壊れる。

 離れれば、傷つける。


 どうして、こんな選択しか残っていないのか。


「……ごめんなさい」


 絞り出した言葉は、それだけだった。


「謝らないで」


 カレンは、少しだけ強い口調で言った。


「理由が分からないのが、嫌なだけ」


 正直な言葉だった。


 彼女は理由を知りたい。

 でも、その理由は――

 知ってはいけない。


 しばらくの沈黙のあと、

 カレンは一歩、距離を取った。


「……私は、先に行くね」


 それは、突き放す言葉じゃなかった。

 でも、引き止めてほしいとも言っていない。


 少し間を置いてから、彼女は続けた。


「また、どこかで会えると思うから」


 約束じゃない。

 それでも、完全な別れでもない。


 赤いマントが、人混みの向こうへ遠ざかっていく。


 引き止めることは、できなかった。


 剣に手を伸ばしかけて、止める。


 その仕草ひとつで、

 もう答えは出ていた。


 強くならない選択を、

 自分は選び始めている。


 それが正しいのかどうかは、分からない。


 ただ。


 彼女が、今日も前を向いて歩いている。

 それだけが、救いだった。


 そして同時に。


 この距離が、

 簡単には戻らないことも、

 はっきりと分かってしまった。


 こうして。


 勇者に恋した僕と、

 勇者である彼女の関係は、

 目に見えないところで、

 確かに歪み始めていた。

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