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勇者に恋した僕は、強くなるたび彼女を壊してしまう  作者: 小林南瓜
第一章 始まり

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第七話 見えてしまったもの

 違和感は、戦いが終わってからだった。


 北門の外は、すでに落ち着きを取り戻している。

 冒険者たちは武器を収め、街へ戻る準備を始めていた。


 さっきまでの緊張が、嘘のように薄れていく。


 ――なのに。


 胸の奥が、ざわついていた。


(……なんだ?)


 理由は分からない。

 痛みでも、不安でもない。


 ただ、何かが“引っかかっている”。


「シュン」


 名前を呼ばれて、顔を上げる。


 カレンが、少し近くに立っていた。


「本当に、大丈夫?」


 心配そうな表情。

 戦闘の疲れが、わずかに顔に出ている。


「はい。カレンこそ」


「私は、平気」


 そう言って笑う。

 でも、その笑顔が一瞬だけ、揺れた。


 その時だった。


 ――見えてしまった。


 カレンの胸元。

 鎧の下、心臓のあたりに、淡い光が滲んでいる。


(……?)


 目を瞬いた。

 見間違いだと思った。


 でも、消えない。


 光は、ゆっくりと形を持ち始める。


 円と線が重なり合った、

 意味の分からない模様。


 紋章。


 息が、止まった。


(……知ってる)


 初めて見るはずなのに、

 なぜか、そう思った。


 反射的に、自分の胸に意識を向ける。


 見えない。

 けれど――分かる。


 同じものが、

 自分の内側にも“ある”。


 背中を、冷たい汗が伝った。


「……シュン?」


 カレンが、不思議そうに首を傾げる。


 彼女は、何も見えていない。


 ――僕にしか、見えていない。


「カレン、それ……」


 言いかけた瞬間。


 カレンの身体から、力が抜けた。


「――っ!」


 倒れる。


 慌てて腕を伸ばし、受け止める。


 軽い。

 驚くほど、軽い。


「カレン!」


 呼びかけても、反応はない。


 呼吸はある。

 脈も、しっかりしている。


 ただ、意識を失っているだけ。


 周囲が、ざわつく。


「勇者様が倒れた!?」


「治癒師を呼べ!」


 人の声が遠くなる。


 それでも、視線は離れなかった。


 ――紋章。


 カレンの胸に浮かんでいたそれは、

 彼女が意識を失うと同時に、

 ゆっくりと薄れていった。


 完全に、消えるまで。


(……僕が)


 喉が、うまく動かない。


 さっきの戦い。

 剣を振ったこと。

 身体の内側で“区切りを越えた”感覚。


 それらが、一本の線で繋がる。


(……僕が、強くなったから?)


 否定したかった。

 偶然だと思いたかった。


 でも。


 胸の奥が、重く脈打っている。


 自分の内側にある“何か”が、

 確かに反応している。


 治癒師が到着し、

 カレンは担架で運ばれていった。


 僕は、その後ろを歩きながら、

 自分の手を見つめていた。


 ――剣を握る手。


 この手が、

 何を引き起こしたのか。


 しばらくして、知らせが来る。


「勇者様は、目を覚まされました」


 胸の奥から、ようやく息が漏れた。


 通された部屋で、

 カレンはベッドに腰掛けていた。


「あ……シュン?」


 いつもと変わらない声。


「気分は?」


「うん……ちょっと、ふらっとしただけみたい」


 首を傾げる。


「私、倒れたんだよね?」


「……そうです」


「ごめんなさい。心配かけました」


 その表情に、

 戸惑いも、恐怖も残っていない。


「……何か、覚えてますか」


「?」


「倒れる前のことです」


 少し考えてから、カレンは首を横に振った。


「ううん。何も」


 やっぱりだ。


 紋章のことも。

 意識を失う直前の感覚も。


 何一つ、残っていない。


 彼女は、いつもの勇者だった。


 前を向き、

 進み続ける人。


 その胸に、

 知らない印が刻まれ始めているなんて、

 夢にも思っていない。


「……無理、しないでください」


 それだけ言うのが、精一杯だった。


「シュン?」


「……いえ。なんでもありません」


 カレンは少しだけ不思議そうな顔をしてから、

 小さく笑った。


「変なシュン」


 その笑顔が、胸に刺さる。


 部屋を出て、廊下に立つ。


 誰もいない場所で、

 自分の胸に、そっと手を当てた。


 ――ある。


 見えなくても、分かる。


 同じ紋章が、

 自分の内側にも刻まれている。


(……繋がってる)


 理由は分からない。

 仕組みも、意味も。


 ただ、一つだけ確かなことがあった。


 僕が強くなった瞬間に、

 彼女は壊れかけた。


 それを見てしまったのは、

 この世界で――

 僕だけだ。


 剣を、強く握りしめる。


 ついさっきまで、

 誇らしかったその重さが、

 今はひどく重く感じられた。


 これが、始まりだ。


 勇者に恋した僕と、

 勇者である彼女の関係が、

 静かに、しかし決定的に、

 歪み始めた瞬間だった。

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