第五話 初めて剣を振るった日
訓練場の掲示板に、新しい紙が貼られていた。
《近郊の森にて魔物出没
数は少数
初心者可/単独不可》
その前で、何人かが足を止めている。
「新人には、まだ早いだろ」
「組める相手がいねぇ」
そんな声が、耳に入った。
分かっている。
実戦が危険なのは、嫌というほど。
それでも、視線は離れなかった。
剣を振る感覚は、もう身体に馴染んでいる。
レベルが上がった実感も、確かにある。
(……試してみたい)
その気持ちを、否定できなかった。
「二人以上、ですよね」
気づけば、そう口にしていた。
振り返った男は、訓練場で何度か顔を合わせた冒険者だった。
動きは堅実で、無駄がない。
「……本気か?」
「無理はしません」
少しの沈黙のあと、男は肩をすくめた。
「森の外れまでだ。
深追いはしない」
「ありがとうございます」
こうして、初めての依頼が決まった。
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森は、静かだった。
あのとき目覚めた場所と、よく似ている。
だが、違う。
今は、剣がある。
それだけで、心持ちが変わっていた。
「音を聞け。
先に気づけば、生き残れる」
男の声が、低く響く。
頷きながら、剣の柄に手を添える。
――来た。
茂みが揺れる。
現れたのは、小型の魔物だった。
獣に近い姿。
赤い目が、こちらを捉える。
心臓が跳ねる。
それでも、身体は固まらなかった。
「牽制する。
横から――」
男が言い終わる前に、魔物が動いた。
考えるより先に、踏み込む。
剣を抜く。
振る。
訓練で、何度も繰り返した動き。
剣先が、魔物の肩口を裂いた。
悲鳴。
血の匂い。
男が、短く息を呑む。
「……続けるぞ!」
魔物は怯み、距離を取ろうとする。
逃がさない。
もう一歩。
今度は、深く。
剣が、確かな手応えとともに肉を断つ。
魔物は、地面に崩れ落ちた。
静寂。
自分の呼吸音だけが、やけに大きく聞こえる。
「……やった、のか」
剣先が、わずかに震えていた。
男が魔物を確認し、こちらを見る。
「初陣にしちゃ……上出来すぎる」
冗談めいた口調だったが、目は真剣だった。
その瞬間。
頭の奥で、
溜まっていた“余白”が、一気に流れ込む感覚があった。
剣へ。
身体へ。
――切り替わる。
身体の内側で、
段階が、連続してずれていく。
足元が安定する。
剣の重さが、軽く感じられる。
視界が、わずかに澄む。
(……今のは)
レベルが、上がった。
それも、一つじゃない。
はっきりと分かった。
「おい、大丈夫か?」
「あ……はい」
慌てて答える。
男は首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。
「約束通り、ここまでだ。
今日は戻るぞ」
頷く。
剣を鞘に収めると、
手の震えは、いつの間にか止まっていた。
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街に戻り、報酬を受け取る。
銀貨数枚。
決して大金じゃない。
それでも。
(……できた)
宿へ向かう道すがら、
何度もその感覚を思い返す。
剣を振った感触。
魔物を倒した手応え。
そして、あの跳ね上がるような成長。
夜、剣を膝に置き、目を閉じる。
意識の奥で、
剣に関わる“何か”が、確かな形を持っている。
(……もう少しで、届く)
何に、とは考えない。
ただ、あの背中が浮かんだ。
赤いマント。
迷いのない剣。
初めて剣を振るったこの日を、
きっと忘れない。
この成功が、
取り返しのつかない一歩目になることを――
まだ、知らないまま。




