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勇者に恋した僕は、強くなるたび彼女を壊してしまう  作者: 小林南瓜
第一章 始まり

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第五話 初めて剣を振るった日

 訓練場の掲示板に、新しい紙が貼られていた。


《近郊の森にて魔物出没

 数は少数

 初心者可/単独不可》


 その前で、何人かが足を止めている。


「新人には、まだ早いだろ」


「組める相手がいねぇ」


 そんな声が、耳に入った。


 分かっている。

 実戦が危険なのは、嫌というほど。


 それでも、視線は離れなかった。


 剣を振る感覚は、もう身体に馴染んでいる。

 レベルが上がった実感も、確かにある。


(……試してみたい)


 その気持ちを、否定できなかった。


「二人以上、ですよね」


 気づけば、そう口にしていた。


 振り返った男は、訓練場で何度か顔を合わせた冒険者だった。

 動きは堅実で、無駄がない。


「……本気か?」


「無理はしません」


 少しの沈黙のあと、男は肩をすくめた。


「森の外れまでだ。

 深追いはしない」


「ありがとうございます」


 こうして、初めての依頼が決まった。


====================================================================


 森は、静かだった。


 あのとき目覚めた場所と、よく似ている。

 だが、違う。


 今は、剣がある。

 それだけで、心持ちが変わっていた。


「音を聞け。

 先に気づけば、生き残れる」


 男の声が、低く響く。


 頷きながら、剣の柄に手を添える。


 ――来た。


 茂みが揺れる。


 現れたのは、小型の魔物だった。

 獣に近い姿。

 赤い目が、こちらを捉える。


 心臓が跳ねる。


 それでも、身体は固まらなかった。


「牽制する。

 横から――」


 男が言い終わる前に、魔物が動いた。


 考えるより先に、踏み込む。


 剣を抜く。

 振る。


 訓練で、何度も繰り返した動き。


 剣先が、魔物の肩口を裂いた。


 悲鳴。

 血の匂い。


 男が、短く息を呑む。


「……続けるぞ!」


 魔物は怯み、距離を取ろうとする。


 逃がさない。


 もう一歩。


 今度は、深く。


 剣が、確かな手応えとともに肉を断つ。


 魔物は、地面に崩れ落ちた。


 静寂。


 自分の呼吸音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……やった、のか」


 剣先が、わずかに震えていた。


 男が魔物を確認し、こちらを見る。


「初陣にしちゃ……上出来すぎる」


 冗談めいた口調だったが、目は真剣だった。


 その瞬間。


 頭の奥で、

 溜まっていた“余白”が、一気に流れ込む感覚があった。


 剣へ。

 身体へ。


 ――切り替わる。


 身体の内側で、

 段階が、連続してずれていく。


 足元が安定する。

 剣の重さが、軽く感じられる。


 視界が、わずかに澄む。


(……今のは)


 レベルが、上がった。


 それも、一つじゃない。


 はっきりと分かった。


「おい、大丈夫か?」


「あ……はい」


 慌てて答える。


 男は首を傾げたが、それ以上は追及しなかった。


「約束通り、ここまでだ。

 今日は戻るぞ」


 頷く。


 剣を鞘に収めると、

 手の震えは、いつの間にか止まっていた。


====================================================================


 街に戻り、報酬を受け取る。


 銀貨数枚。

 決して大金じゃない。


 それでも。


(……できた)


 宿へ向かう道すがら、

 何度もその感覚を思い返す。


 剣を振った感触。

 魔物を倒した手応え。


 そして、あの跳ね上がるような成長。


 夜、剣を膝に置き、目を閉じる。


 意識の奥で、

 剣に関わる“何か”が、確かな形を持っている。


(……もう少しで、届く)


 何に、とは考えない。


 ただ、あの背中が浮かんだ。


 赤いマント。

 迷いのない剣。


 初めて剣を振るったこの日を、

 きっと忘れない。


 この成功が、

 取り返しのつかない一歩目になることを――

 まだ、知らないまま。

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