第四話 剣を振るう日々
訓練場は、街の端にあった。
石壁に囲まれた、土の地面。
朝から夕方まで、誰かしらが剣を振っている。
木剣がぶつかる音。
掛け声。
息の上がる音。
どれも、この街では珍しくない光景だった。
「新入りか」
入口で立ち止まっていると、年上の男に声をかけられた。
「はい」
「金は?」
「……あまり」
男は一瞬だけ考えてから、顎で奥を示す。
「じゃあ雑用だ。
水運び、掃除、的の修理。
終わったら、空いてる時間に振れ」
投げやりでもなく、親切でもない。
ただ、それが普通なのだと分かる口調だった。
断る理由はなかった。
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水桶は重かった。
何度も往復するうちに、腕がじんわりと痺れる。
それでも、作業を終えれば剣を振れる。
それだけで、十分だった。
木剣を握る。
重み。
手のひらに伝わる感触。
振る。
空を切る音が、思ったよりも鈍い。
最初は、それだけで精一杯だった。
型も分からない。
足運びもぎこちない。
周囲では、皆が当たり前のように剣を扱っている。
(……遠いな)
そう思いながらも、
不思議と焦りはなかった。
振る。
また振る。
すると、ある瞬間――
頭の奥で、何かが“揃う”感覚があった。
(……今のは)
言葉にできない。
ただ、何かを得たと分かった。
その日の夜、宿で横になったとき、
ふと、意識の隅に感覚が浮かぶ。
溜まっている。
力の“余白”のようなものが。
どう使えばいいのかは、
なぜか分かっていた。
(……剣だ)
意識を向けた瞬間、
余白が、静かに溶けていく。
次の瞬間。
身体が、ほんの少し軽くなる。
踏み込みが深くなる。
剣先の軌道が、安定する。
劇的な変化じゃない。
でも、確かに――昨日までとは違う。
翌日も、剣を振った。
雑用の合間。
人の少ない時間。
振るたびに、あの感覚が積み重なっていく。
夜になると、また“余白”が溜まっている。
それを剣に向ける。
――切り替わる。
今度は、はっきりと分かった。
身体の内側で、
段階が一つ、上にずれた。
呼吸が安定する。
視界が、わずかに広がる。
(……これが)
口に出す前に、理解してしまった。
――レベルが、上がった。
訓練場で、例の男がこちらを見て呟く。
「……動き、締まってきたな」
「そうですか?」
「普通はな、
一つ上げるのに、何週間もかかる」
その言葉で、ようやく気づく。
自分の成長速度が、
周囲と比べておかしいことに。
(……もう、二つ上がってる)
それでも、不思議と怖くはなかった。
剣を振れば、応えてくれる。
身体が、ちゃんと前に進んでいる。
夜、剣を磨きながら、思い出す。
森で見た、赤いマント。
迷いのない剣筋。
(……同じ場所には立てない)
それでも。
同じ武器を選び、
同じように剣を振っている。
それだけで、胸の奥が満たされた。
翌日も、剣を振る。
余白が溜まる。
剣に振る。
レベルが、また一つ上がる。
それが、この世界での正しい成長なのだと、
この時の僕は、疑いもしなかった。
――この強さが、
誰かに繋がっている可能性なんて、
考えもしなかったから。




