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勇者に恋した僕は、強くなるたび彼女を壊してしまう  作者: 小林南瓜
第一章 始まり

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第一話 出会い

 ――ああ、死んだんだな。


 そう思ったのは、痛みがなかったからだ。


 さっきまで、確かに終わりがあった。

 視界が揺れて、足元が消えて、身体が宙に投げ出される感覚。

 それから、何も分からなくなった。


 だから、これは死後の世界なのだと、自然に納得していた。


 目を開けるまでは。


 空が、青かった。


 やけに高くて、雲がゆっくり流れている。

 病室の天井でもなければ、見慣れた街並みでもない。


「……?」


 声を出そうとして、喉がうまく鳴らなかった。


 身体は動く。

 指も、足も、確かに自分のものだ。


 起き上がると、草の感触が掌に伝わった。

 湿った土の匂い。

 木々の間を抜ける風の音。


 知らない場所だった。


(……夢じゃ、ない)


 そう思った瞬間、胸の奥がひやりと冷えた。


 夢にしては、感覚がはっきりしすぎている。

 空気の重さも、肌に触れる温度も、あまりに現実的だった。


 周囲を見渡す。


 深い森。

 人の気配はなく、道らしきものも見当たらない。


 そのとき、腰に違和感を覚えた。


「……剣?」


 手を伸ばすと、鞘に収まった剣があった。

 見たことのない形。

 だが、重みは確かに本物だ。


 服装も、いつの間にか変わっている。

 動きやすいが、明らかに現代のものじゃない。


 ここでようやく、現実を受け入れ始める。


 生きている。

 けれど、元の世界ではない。


 混乱はあった。

 それでも、不思議と取り乱すことはなかった。


 焦っても、泣いても、

 この状況は変わらないと分かっていたからだ。


 だから、深く息を吸った。


「……まずは、生き延びよう」


 その声は、森に静かに溶けていった。


 ――がさり。


 茂みが揺れた。


 反射的に、剣の柄を握る。

 心臓が、強く脈打つ。


 現れたのは、獣のような魔物だった。

 赤い目。

 低く唸る声。


(……まずい)


 剣を抜く前に、身体が強張る。


 次の瞬間。


 風を裂く音がした。


 視界の端を、赤い影が駆け抜ける。


 魔物の動きが止まり、

 一拍遅れて、地面に崩れ落ちた。


 血が、草を濡らす。


「……大丈夫?」


 凛とした声だった。


 顔を上げると、そこに一人、立っていた。


 赤いマントを翻し、剣を構えたままの人物。

 鎧には戦いの痕があり、それでも立ち姿に迷いはない。


 ――綺麗だ、と思った。


 強さも、落ち着きも、

 今の自分とはまるで違う世界のものだった。


「怪我は?」


 近づいてきて、そう聞かれる。


「あ……だ、大丈夫です」


 声が、少し震えた。


 その人は、ほっとしたように息を吐く。


「よかった。

 一人でこの森に入るのは、危ないから」


 責める口調ではなかった。

 当たり前のことを、当たり前に伝える声。


 胸の奥が、妙に温かくなる。


「……助けてくれて、ありがとうございます」


 そう言うと、その人は少しだけ目を見開いてから、微笑んだ。


「どういたしまして」


 それだけだった。


 名前も、立場も、何も聞かなかった。

 聞けなかった。


 ただ、その笑顔を、

 この世界で最初に見たものとして、

 しっかり覚えておきたいと思った。


 もう一度、会いたい。


 理由は分からない。

 理屈でもない。


 それでも、その気持ちは確かだった。


 知らない世界で、

 初めて出会った人。


 剣を持ち、迷いなく戦い、

 それでいて、誰かを気遣うことを忘れない。


 この時、僕はまだ知らなかった。


 この出会いが、

 自分の人生を決定的に変えることを。


 そして。


 これは――

 僕と彼女の恋の物語である。

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