97 躊躇もしません
ひとつ、思いがあった。
発言はすまいと考えていたし、許されているとも思っていなかったが、言うべきだろう。
「パクチー汁を飲んだ経験者として言わせていただきます」
錯乱状態。
僕の場合、夢なのか現実なのか、わからない状態が斑に襲ってくる、そんな状態がずっと続きました。
いい夢であったり、恐ろしい夢であったり、意味なく空を飛んでる夢であったり。
それらが目まぐるしく入れ替わりました。
看護とサポート、そして監視は必須です。
ひとりでは何もできないばかりか、放っておかれたら、他人を傷つけ、自分を傷つけ、なにをしでかすか、わかったものじゃありません。
非常に、想像以上に、苦しい時間です。
絶望的で、心の激痛に耐え続ける時間です。
今の患者さん、喜んでパクチー汁を飲んだ人もいるでしょう。
でも大半は、勧誘され、説得され、応えてくれた人でしょう。
無理やり飲まされた人も大勢いることでしょう。
彼らを大切に扱う、最後まで、つまり、完全な意識の状態になるまでお世話し、幸せな気分で社会に戻ってもらう。
これは、仁義ではなく、明確な約束ではないでしょうか。
僭越ながら、申し上げたいことは一つ。
妖怪の村であろうが、あいだみちの体内であろうが、彼らに過ごしていただく場所があるなら、そこを使わないことは考えられません。
最優先は。
彼らが、パクチー汁を飲んで本当に良かった、と思ってもらうことではないでしょうか。
以前、パクチー汁を飲んで、回復した直後、こう言った女性がいました。
私にパクチー汁を飲むことを勧めてくれたルアリアンのハジカミさんに、本当に感謝しています、と。
彼女は涙ながらに感謝の気持ちを伝えてくれました。
皆さん。
そう言ってもらうことが、あなた方の目的ではなかったのですか?
単に、カニの頭数を減らすことが目的だったのですか?
僕はそうだとは思いません。
お館様に頼む。
そこに、僕はなんら、抵抗を感じません。
後ろめたさも感じません。躊躇もしません。
これは約束を果たすという義務であり、人助け、なんですから。
ハルニナがニコリとした。
そして、先生、ありがとうございました、と聞こえるか聞こえないくらいに小さな声で言った。
さあ、引き上げるべき時だ。
会議は終了し、だれもが動き始めている。
ここにもう用はない。
さて、あいだみちの案内役を誰に頼もう。
ショウジョウでも、白龍でも、河童でも、権現でもいいのだが。
ランがいてくれればもっといいが、それは無理。厚かましい。
多忙を極めているだろうから。
PHルアリアンの臨時本拠となった屋敷の玄関から、村を眺めた。
道往く者はいない。
散歩でもしてみるか。
見知った者と出会えるかもしれない。
妖怪村、もう俺でも自由に歩けるのでは?
いやいや、やはり無理。
どんな奴が住んでいるか、全貌を知っているとはとても言えない。
先日も、ケンジンという、とてつもない御仁に会ったばかりだ。
恐ろしいやつや乱暴なやつもゴロゴロいるに違いない。
襲われても文句は言えない。うろつく方が悪い。
と、獣が通りかかった。
人の姿ではなく、妖怪の姿でさえないが、なんとなくあいつではないか。




