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95 戯言はここまで

 ハルニナは静かに泣いていた。


 妖怪の村、お館様の御殿と隣接した敷地。

 PHルアリアンの臨時政府として用意された建物。

 町の公民館二棟ほどの広さの平屋建て。

 妖怪界の重鎮がかつて住まいした建物を、急遽改修してくれてあった。


 ハルニナ以下、幹部の諸室に半分をさき、残りは厨房と食堂、就寝用の部屋、トイレ、倉庫などの管理諸室が用意されてあった。



 会議が終わり、ハルニナだけに用意された個室で、二人、向き合っていた。


 泣きたい気持ちはよくわかる。

 こちらも泣きたい気分だった。


 結局、土嚢の最終防衛線はことごとく破壊され、多くの資材を水に濡らした。

 濡らしただけではない。

 散逸したものも少なくない。

 人的被害がなかったことが不幸中の幸い。

 ほうほうの態で、ここに逃げ込んだのだ。


 もちろんPHにも市民としての自宅はあり、家族もある。

 しかし、ルアリアンの幹部たるもの、その職を放棄し、自宅に帰ってしまうことなど、できるはずもない。


 しかも今、PHカニとの抗争の只中。

 すでに、数十人のルアリアンが絞殺されている。

 ルアリアンも、パクチー汁を飲ませ、PHを洗い流すという穏便な対抗策から強硬策に移さねば、もう先が見えなくなっていた矢先の、この洪水災害。


 自分にできることは、重すぎるものを背負い込んだ教え子ハルニナの背を撫でてやることくらい。



 ハルニナはすっと顔を上げ、涙を拭い、しっかりした声で言った。


「ミリッサ、ありがとう。ねえ、久しぶりに先生って呼んでいい?」

「いいけど、なんか、意味ある?」

「ちょっとだけ、甘えてみたかっただけ。ね、ミリッサ先生」


 気の利いた台詞は思いつかない。

 せめてもの言葉。


「頑張ろうな」

「もちろん。でも、助けてよ」

「当然」

「ランより、大事にしてくれる?」

「……、そうする」

「ホント! やた!」


 が、戯言はここまで。


 ハルニナはきりっとした目をして、

「ヘッジホッグとメイメイを呼んで。もう一度、会議をします」

 と言った。

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