93 早まった諦めは捨てろ
「ここ、閉じ込められるって心配はないのか?」
「大丈夫。競馬場外にもたくさん出入り口はあるから」
「そこは安心、と。じゃ、俺はまた、土嚢積みに行ってくる」
「ごめんね、ミリッサ。お願いできる?」
「もちろん」
「でね、その前に、ちょっとだけ」
「ん?」
「いつかの時点で、決断しなくちゃいけないと思う。ここから撤収することを」
「うむ」
「それほど、余裕はないと思う。最終のホントのホントの防衛線を決めて、そこに土嚢を集中投下してるんだけど、持ちこたえられないかもしれない。水の力って、すごい」
「だろうな」
「最終防衛線を突破されてからでは遅い。その前に決断して、ここを引き払わなければ」
「とすれば、何が何でも、何十メートルの厚みでも、堤、いや壁だな、を築かねば」
「そうね。でも、見てきて、考えを聞かせてくれる? 持つか、持たなさそうか」
「うーん。まあ、まずは見てくるよ。あ、そうだ。ここでコンクリート打てる資材、ある? できれば超即硬コンクリートとか」
「うん。手配はしてる。でも、間に合わないと思う。職人さんが到着してないので。セメントはあるけど普通セメントだし、それに型枠と砂利が」
「型枠なんて、なんでもいいじゃないか。素人作りでいい。このテーブルぶち壊すとかして。強度のある板だったらなんでもいい。コンクリートも、ミキサーやポンプがなくても。人力で流し込めれば」
「わかった」
「砂利は? 十分ある?」
「妖怪連に依頼してるけど、むつかしいみたい。土ならいくらでもあるけど、砂利は」
「そうか。何か、何か、代用できるものは……」
「思いつかないのよ」
「ま、セメントと土混じりの砂だけでいくしかないか」
「うん」
「土嚢が持ちこたえてる間に、コンクリートの壁を作ろう。それ、今、誰が指揮、執ってる?」
「うん。すぐに呼ぶ。でも、ミリッサに指揮を執ってもらったら」
「それでもいいけど、せっかく頑張ってる人がいるんだから、俺はサポートの方がよくはないか?」
「ん、、、そうね。そうしてくれる?」
「よし。じゃ、どこに壁を作ればいいか、まず見てくる」
とんでもないことになってきた。
PHのルアリアンはそれほど多くない。
かつ、全国に散らばっている。
それに、知的労働者が多い。
速攻でコンクリートを、機械も道具もない中、自らの手で打たねばならない。
しかも、床ではなく、壁を。
難易度が高すぎる。
が、やらねばならない。
今すぐ。
走りながら、考えた。
成功のシナリオは、なんだ。
クリアしなけれないけないことは、何と何だ。
最終防衛線の廊下は、十か所。
すでに、かなりの土嚢が天井までびっしりと積み上げられている。
向こう側に水が来ているのかどうかわからないが、幸い、まだ染み出してきてはいない。
しかし、いつ何時、水が染み出し、隙間から噴き出し、ドンッと押し流されるかもしれない。
予断は許されない。
人々が、土嚢を作ってはその壁を厚くしようと奮闘している。
危険な状態になったとき、それをどう判断するか。
かつ、そうなった時点で即、作業を放棄し避難しなければならない。
天井のある空間。
水に飲まれたら危険、では済まない。
水死を覚悟しなければならない。
そして避難ルートは。
どこに一時避難。
そして避難後は。
そんなことも考えておかねばならない。
聡明なハルニナ。
しかも、落ち着いている。
すでに考慮済みで、各チームのヘッドには伝えてあるだろう。
だが一応、聞いておかなければ。
最終防衛線の土嚢ライン。
その内側の、本当に本当の最終ラインのコンクリート壁。
無理かもしれない。
間に合わないかもしれない。
いかん。
早まった諦めは捨てろ。
今、指揮を執っている人の話を聞いてからだ。




