92 巨椋池の成り立ち
妖怪の使者がやってきた。
「おっ、ショウジョウ殿」
「ミリッサ殿、お邪魔仕る」
ハルニナに案内されたのは、以前、気まずい晩餐のあの部屋。
メイメイが部屋の前で待っていた。
あの時と同じように、ヘッジホッグがすでに着席していた。
「それでは、ショウジョウさん。お聞かせください」
「かしこまった。まだ、調査の初期段階でござる。その点、ご承知おきくだされ」
ショウジョウの語った話は、非常にあいまいな内容だった。
要約すれば、次のようになる。
ショウジョウは、まず巨椋池の成り立ちから話を始めた。
太古の昔より、この地には大きな大きな沼地が広がっておった。
北から順に、今の桂川、宇治川、木津川が、山崎の山と生駒の山の北端部、男山に流れ下るを遮られ、出口は唯一、狭い谷あいのみ。
今の三川合流地点。
巨椋池と呼ばれるようになったのは、ずっとのちの時代。
長い月日をかけて秀吉らによって堤が築かれ、数多の治水事業が行われてきた。
莫大な費用をかけて干拓が行われ、今のような広大な農地になったのは、さらに時代が下った昭和の時代。
京都競馬場の馬場中央の池は、そのかすかな名残と言われるのはそのためじゃ。
今般、我ら、ある事情がござって、この地の下、水脈の調査を始めておった。
かねてより、競馬場の地下を含め、宇治川、桂川の水が流れ込んでおるのはわかっておった。
その水は山崎の狭隘部のさらに下、地下深くを通って河内の地へと流れてゆく。
じゃが、ここ数年、その水量が少なくなり、かつ、地下を流れ下る起点、と申すか、が、変わっておったようなのだ。
そのこと自体、気にすることではない。
そうなった原因が、我らとして、気になるのじゃ。
地下水脈の形が変わる理由。
様々にある。
水の力で岩や土塊が削られ、えぐり取られ、ある時を境に流れる向きを変えるといったようなことじゃ。
だが、そういった自然の営みは確認されておらぬ。
ほかになにか、物理的な力によって、今回のことが起こったようなのじゃ。
ここコアの水没も然り。
地下水脈の一支流の水嵩が上がった。
それが、原因。
どこまで水没するか、これは予断を許さぬ。
加えて、昨日の一件。
池の水が天高く噴き上げたそうじゃ。
これは、今申したような理由では説明がつかぬ。
何らかのガスが溜まっておったとか、圧縮された空気が一気に解放されたとか、人間は思い付きの説明を始めておるが、そういうものではない。
我らが常々、監視しておったのだ。
そんな兆候はなかった。
これは、断じて申せる。
実は、この地は日本の妖にとって、非常に大事な地。
太古の昔より、我らが管理地。
いや、誤解召されるな。
人間やPHがどのように使われようと、構わぬ。
我らにとって、ということであって、貴殿らが使用されるにあたっての制約など、何もござらぬ。
今後これまで以上に、地下水系の調査を続ける所存でござる。
つきましては、ハルニナ殿、我ら妖を頻繁に見かけられるやもしれぬが、お気になされず。
ということだった。
ショウジョウが帰った後、
「なんだったんだろうね」
が、ハルニナの第一声。
「我らが管理地、というのが、気になるな」
「池の水の噴出、私、見てないけど、天高く、ってそんな感じだったの?」
「そう。スタンドの俺たちまで、ビチャビチャになった」
「へえ」
「で、こっちの洪水は、それと同時?」
「時間的には、そうね。ほぼ同時か、ちょっと後かな。洪水って言うけど、ドンって水が流れてきたわけじゃなく、いたるところから水が染み出してきて、みるみる水嵩が増して、って感じだから、正確な時刻はわからない」
「なるほど」
だが、こんな議論に意味はない。
原因究明など、自分たちにできることはないし、現実に目の前に迫る水をどうするかが重要。




