89 案内を乞いましょう!
あいだみち。
コア深部のそれは使えない。
宇治川の堤防下にひとつあるという。
案内してくれるヲキは、以前同様、紳士かつ話好き。
こんな災難下にあっても、動じることなく世間話をしてくれる。
最近のPHの動きや、カニとの抗争の状況など。
ルアリアンは押され気味でしてね。
ハルニナ総帥は、新たな一手を打つつもりのようでしたが、こうなってしまっては。
ハハハ、と笑い声までたてる。
そうだ。
悲壮な顔をしても、事態は好転しない。
平静に、いつも通り。
頭をクリアにしておかねば。
いくつもの試練や逆境を乗り越えてきた者だけが、最後に勝利を掴む。
この真理を知っている人だからこそ、至れる境地。
ヲキはそんな雰囲気を醸し出していた。
今日のあいだみちは、妖怪界の空気を逆反映してか、一面に野花を咲かせていた。
このあいだみち殿も、きっとできた御仁なのだ。
陰鬱な環境を作り出しても意味はない。
こんな時こそ、明るく、だ。
ヲキは、盛大にお礼の和菓子を皿に盛っていく。
無事に妖怪村の結界を通り抜け、御殿の門前。
目の前に広がる草原。
ヲキが大音声で呼ばわった。
「パーフェクトヒューマン総帥ハルニナの正使ミリッサ、お館様にお目通りしたく、参上仕った。案内を乞いましょう!」
なるほど、こう呼ばわればいいのか。
しかし、案内役は現れない。
草原の波が揺れるだけ。
が、これでいいと思ったのか、ヲキが、どうぞ先にと、脇に控えてくれる。
ならば、参ろう。
門を通り抜け、一歩を踏み出す。
と、たちまち、木々が立ち現れ、その向こうに建物が姿を現した。
以前見たものと同じ。
寝殿造りの軽快な建物。
進むごとに景観が移り変わっていく。
懐かしい。
あの待合だ。
妖怪ネズミが淹れてくれた茶を飲んだのは。
茶柱が一本、立ってたな。
そして、この池の水で口をすすいだな。
お白洲。きれいな水紋。
そして縁。
変わらない。
さて、どこで待てばいいのか。
ヲキは待合に、という仕草。
以前、オロチが控えていた場所だ。
ヲキ自身は、待合の外で立ったまま。そこで、案内を待つのだろう。
待合の木の長椅子に腰を下ろした。
ネズミは現れないが、すぐに、案内役の狐が歩いてきた。
「あ、これは、谷川乃蛍殿」
「ミリッサ殿、お懐かしうござります」
さ、これへ、と挨拶もそこそこに、館の内部に。
「ここは」
「さよう。貴殿がお休みになられた部屋にてございまする」
懐かしさがこみあげてきたが、観光に来たわけではない。
気を引き締めねば。
ヲキと並んで下座に座り、待った。
狐が茶と外郎を運んできてくれた。
目の前に差し出されたものは早速いただくのが妖怪の作法。
お館様は取り込み中とのこと。
かなり待たされるのかもしれない。
が、ほどなく、ふすまの外から「入ってよろしいか」と、あの声。
緊張すると同時に、まろやかさの中にも揺るぎのない強さを秘めたこのお声にも懐かしさがこみ上げてきた。




