87 この廊下を封鎖します!
浸水した廊下をなんとか通り過ぎ、まだ乾いているところに出た。
多くの人が働いている。
が、人海戦術とはとても言えない。
少なすぎる。
土はどんどん運び込まれているようだが、土嚢作りの人が圧倒的に足りない。
「この廊下を封鎖します! その次は、この南側の通路!」
メイメイだった。
指揮を執っている。
チラと視線を寄こしてきただけで、次々と指示を出し続けている。
北側の通路は放棄します。
水没してしまわないうちに、土嚢をこちらに移動して!
重たいから一輪車で!
よし、俺も。
土嚢作りの列に加わった。
シャベルは足りていない。
その代わり、たくさんの食器がかき集められていた。
ステンレスのボウルで土を掬っては袋に入れた。
口を縛って所定の位置に積み上げる。
まだ、ここまで浸水は及んでいない。
最後の守備ライン……。
一時間ほど、無我夢中で土と格闘していた。
徐々に、人手が増えている。
新たに到着した者もいるが、他所から回ってきた者もいる。
すでに衣服は泥だらけで、誰もが疲れた顔をし、目をギラつかせている。
やはり、このエリアが死守ライン。
もう水は、廊下の先、ひたひたと迫ってきていた。
床に溜まった水の切っ先が、薄暗がりの中、何かを反射して光っていた。
「ミリッサ」
振り返るとメイメイ。
「こっちへ」
「ああ」
立ち上がろうとしたが、目の前が真っ暗に。
立ち眩み。
くそ、こんな時に。
メイメイが支えてくれなかったら、仰向けに倒れるところだった。
「すまない」
メイメイは、ついて来てと踵を返す。
念のため、腕を取ってくれている。
「ハルニナが相談したいみたいです」
「俺に?」
この惨状にどう手を打つか、自分に案は何もない。
幹部でもなければPHでさえない。
できることと言えば、一兵卒として、働くことのみ。
なのだが……。
メイメイと話す時間ができた。
聞いておかねば。
アイボリーのこと、ミカンのこと。
しかし、見かけていないという。
アイボリーもミカンもPH。
もしやここで奮闘しているのでは、と思い始めていたのだが。
メイメイの顔には、緊張と憤怒と焦燥がありありと現れていた。
アイボリーとミカンをなぜ探しているのか、とも聞いてこない。
それ以上、聞くことも説明することもできないほど、メイメイの表情は厳しかった。
ハルニナは自分の執務室の前の廊下にデスクを出して、各前線から入る報告を聞き、指示を出していた。
デスクの前にはいくつかの椅子。
その一つをハルニナが指さした。
座って、と。




