77 どんな成果を期待してます?
第四限、三年生向けの授業。
演習課題には今日も居残り組がいる。
示し合わせたのか、その中に競馬サークルのメンバーたちは全員いる。
一人去り、二人去り、残るは競馬サークルメンバー含め八名。
もう、まともに色鉛筆は動いていない学生が多い。
誰が先生と一緒に下校するか、我慢比べモード。
ブルーピンク姉妹はせっせとペンを動かしているが、スズカはティファニーカラーの数珠のようなブレスレットをいじっているし、ミカンは眼鏡をはずしてしまっている。
ンラナーラはと言えば、ローポニーテールを束ねなおしている。
「十分経った。できた人は提出して」
と、声をかけても、立ち上がる素振りなし。
「じゃ、集めるね」
と言って、ようやく我慢大会は終了したものの、ここからが本当の勝負。
どこかで待つか、この場でアピールするか。
果たして、ブルータグとピンクタグが、教壇の横で、これ見よがしに他の学生が提出したプリントを見始めた。
わ、この子、すごい書き込み量、とか言いながら。
サークルメンバー以外は、じゃさよなら、と少し恨めしそうに言って、出て行った。
本当に困る。
なにかいい方法はないものか。
何年も考えているが、妙案はなし。
「さあ、ブルータグとピンクタグは、机を整列させろ。黒板消しはミカン。あ、ンラナーラだ。ミカンはこの教材をそこになおす。スズカは、窓を閉めてブラインドを下ろせ。んで、みんなでごみを集めろ」
ええー、私たちがしたんじゃないのに、などと言いながら、学生たちは動き出す。
と、そこへガリが顔を出した。
「まあ、あなたたち、感心ね」
「ガリさん、何とか言ってくださいよ。居残りした罰、やらされてます!」
「いいじゃない。さっさとやっちゃいなさい」
ガリは昼間の話の続きをしたかったのだろう。
しかし、事情を察して、ちょっと覗いてみただけですから、と出て行った。
あえて呼び止めなかった。
学生たちに寄り添うことが優先。
スズカのもの言いたげな黒い瞳と目が合った。
きっと、あの話だ。
大学正門前。
ピストン輸送の大学バスを待つ学生たち。
友達を待ちながらスマホをいじっている学生や、彼氏の車に乗り込む彼女。
いつもの光景。
穏やかで平和な日常。
正門前のクスノキ並木の下り坂。
いずこからか、モクセイの香り。
学生数人を乗せたタクシーが追い越していく。
スズカ、ブルータグとピンクタグ、ミカン、そしてンラナーラ。
だんだん涼しくなってきたねー、などと言いながら一緒に下校。
例の件なんですけど、とスズカが話し出した。
「ミリッサはどんな成果を期待してます?」
この五人のうち、ミリッサと呼び捨てにするのはこの子とンラナーラ。
ジンと違うのは、ですます調が自然だ。
語尾がはっきりしていて、聞いていて気持ちがいい。
授業では最前列にいつも座り、俺の言い間違いやちょっとした計算間違いを指摘してくる。
サークル歴も一番古く、率先して動く、いわばリード役。
「どんな成果か……」
「何を期待されてるのか、それに向けて私たち五人、頑張ろうと話し合いました」
「うん。ありがとう」
「なので、聞かせて」
「ブルータグの願いから始まった話。だからブルータグの悩みが晴れること」
しかし、この解だけではいけない。
これだけではブルータグにとって重荷になる。
「それだけじゃない。解明する過程で、サークルの結束力というか、がいい方向に行けばいいと思ってる」
なにしろ、白い目で見られがちな競馬サークルなんだから。
誰もが羨むような団結力があれば、外野の批判的な目も、少しは柔らかくなるだろ。
これは副次的な成果。
もちろん、事実を事実として明確にし、それを受け入れる。
ま、そんなところかな。
「なるほどー、ですね」
ミカンは微笑み、ブルータグとピンクタグは、うんうんと頷いた。
ンラナーラは、関係ないけど、というようにそっぽを向いた。
スズカは、期待していた答えと少し違うのか、肩透かしを食らったような顔をしている。
各自の抱負は先週のミーティングで聞いた。
それぞれが、各自なりのやる気を見せた。
そう言わざるを得ない雰囲気もあったし、今も、ブルータグの手前、マイナス引力の言葉は出せない。
あえて、この娘たちの言葉に念を押す必要はない。
むしろ、こちらが念を押されている。
ことがうまく運ばなかったときの証文を要求されたようなもの。
先生は、あの時、こう言った、と。
スズカにはそういう面がある。
自分に対しても他人に対しても。
意識するしないに関わらず、自分は安全地帯にいたい、という心理がある。
自分を守る武器は常に身につけておきたいタイプ。
きっと、ミカンやブルータグに、見栄でも切ったのだろう。
自分はちゃんと考えてる、ちゃんと取り組む、と見せておきたい。
でも、上手くいかなかったときの保険もしっかり掛けておく。
そんな学生だ。
「俺はね。ジンをサポートしたい。そしてブルータグの気持ちが晴れたらそれでいい。ということ」
「わかりました」
本当にわかってくれたのかどうか、怪しい気もするが時間切れ。
この信号を渡れば、もう駅だ。
阪急の駅で、スズカらと別れた。
後、十五分歩いて、JRの駅。
ん?
ンラナーラがついてくる。




