74 まずは及第点
月曜日、守衛ライトウェイに電話を入れたが、勤務中なのか、出ない。
ガリの電話番号は知らない。授業準備室に電話を入れるのは躊躇われる。
緊急の用があったわけではない。
ミーティング時のガリの発言に礼を言いたかっただけのこと。
水曜、約束通り、学食でガリと向き合っていた。
ガリは天ぷらうどんと箱寿司のセット、俺は唐揚げプレート。
職員用二人掛けテーブル、キャンパスが望める窓際の席。
これぞ秋晴れで、空が高い。
六甲の峰々の輪郭がくっきり見える。
ガリは、私、痩せの大食いなのよ、と言いながら早速本題に入った。
先生、お考えをお聞かせください。
怒らないでくださいね。
「学生たちに、どんな人になってほしいと思っておられます?」
唐突な質問だった。
しかも、ガリらしくなく、あいまいな質問。
だが、これには即答できる。常々、思っていること。
「感受性の豊かな人になってほしいと思っています」
ガリは、フッと笑った。
「それはどうして?」
「甘っちょろく言えば、人生を楽しんでほしいからです」
今度は、ガリは、フフッ、と笑った。
「先生、やっぱり面白いことをおっしゃいますね」
面白い?
どこが?
と思うが、ガリとの話にごまかしは通じない、が鉄則。
もう少しその理由を言った方がいいのか。
「目の前に起きていること、あるいは巡ってきた出会いという奇跡、それらにまともに向き合うことが、心豊かに生きていく秘訣だと思っているからです」
今度はガリは、はっきり笑った。
「学業のことじゃないんですね」
「えっと、どういう意味ですか?」
「言葉のとおり」
んん?
少々ムキになった。
講義の目的といったような視点であれば、もう少しそこに焦点を当てた話もできる。
しかし、それはミーティングルームや面談室ですることであって、うどんを啜りながらする話ではない。
「前にも話したことがありますが、学生たちとの縁は一期一会。ここで出会ったことは奇跡と言ってもいいこと。学生たちにとっても僕にとっても。これを大切にしたい。そのうえで僕ができること。彼女たちに、かすかでも影響を与えたい。楽しい人生を送るためのヒントになるかもしれない何かを」
「だから、就職面接の時の瞬きのしかたとか、人を好きになったときの心の動きとか、そんなことを授業で話されている?」
ガリは表情を崩したまま、授業でした雑談の内容を指摘している。
学生から聞き取ったのだろう。
ここは、慎重に。
「いいえ。それはむしろ、彼女たちに、僕という人間に興味を持ってもらうため。授業を円滑に進め、実りのある学習に繋げるためです」
「なるほど」
ガリがまた笑った。
優しい笑い。
ガリがたまに見せる、慈愛が籠った笑み。
「そうだとは思っていました。ミリッサ先生を見てると」
ガリはここで言葉を切り、箱寿司を箸で半分に切った。
「今、すっかり言葉として表現してくださって、安心しました。あ、安心というのはちょっと違いますね。失礼しました。共感いたしました」
フー……。
まずは及第点、だろうか。
ガリが表情を硬くした。
いよいよ、本題に入るのか。
「イオさんのこと。守衛のライトウェイさんと話しました。その、ご報告をしますね。今日、お会いになりました?」
「いえ、今日は非番だとかで」
結局、一昨日、昨日と、なんどか連絡は入れたものの、電話は鳴るばかり。
「ライトウェイさんは何度も警察と話したそうです。じゃ、それも含めて私が聞いた話をしますね。先生がお聞きになっていることと重複するかもしれませんが」




