表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

76/254

74 まずは及第点

 月曜日、守衛ライトウェイに電話を入れたが、勤務中なのか、出ない。

 ガリの電話番号は知らない。授業準備室に電話を入れるのは躊躇われる。

 緊急の用があったわけではない。

 ミーティング時のガリの発言に礼を言いたかっただけのこと。



 水曜、約束通り、学食でガリと向き合っていた。


 ガリは天ぷらうどんと箱寿司のセット、俺は唐揚げプレート。

 職員用二人掛けテーブル、キャンパスが望める窓際の席。

 これぞ秋晴れで、空が高い。

 六甲の峰々の輪郭がくっきり見える。


 ガリは、私、痩せの大食いなのよ、と言いながら早速本題に入った。

 先生、お考えをお聞かせください。

 怒らないでくださいね。


「学生たちに、どんな人になってほしいと思っておられます?」


 唐突な質問だった。

 しかも、ガリらしくなく、あいまいな質問。

 だが、これには即答できる。常々、思っていること。


「感受性の豊かな人になってほしいと思っています」

 ガリは、フッと笑った。

「それはどうして?」

「甘っちょろく言えば、人生を楽しんでほしいからです」

 今度は、ガリは、フフッ、と笑った。

「先生、やっぱり面白いことをおっしゃいますね」


 面白い?

 どこが?

 と思うが、ガリとの話にごまかしは通じない、が鉄則。

 もう少しその理由を言った方がいいのか。


「目の前に起きていること、あるいは巡ってきた出会いという奇跡、それらにまともに向き合うことが、心豊かに生きていく秘訣だと思っているからです」


 今度はガリは、はっきり笑った。


「学業のことじゃないんですね」

「えっと、どういう意味ですか?」

「言葉のとおり」


 んん?


 少々ムキになった。

 講義の目的といったような視点であれば、もう少しそこに焦点を当てた話もできる。

 しかし、それはミーティングルームや面談室ですることであって、うどんを啜りながらする話ではない。


「前にも話したことがありますが、学生たちとの縁は一期一会。ここで出会ったことは奇跡と言ってもいいこと。学生たちにとっても僕にとっても。これを大切にしたい。そのうえで僕ができること。彼女たちに、かすかでも影響を与えたい。楽しい人生を送るためのヒントになるかもしれない何かを」


「だから、就職面接の時の瞬きのしかたとか、人を好きになったときの心の動きとか、そんなことを授業で話されている?」


 ガリは表情を崩したまま、授業でした雑談の内容を指摘している。

 学生から聞き取ったのだろう。

 ここは、慎重に。

 

「いいえ。それはむしろ、彼女たちに、僕という人間に興味を持ってもらうため。授業を円滑に進め、実りのある学習に繋げるためです」

「なるほど」


 ガリがまた笑った。

 優しい笑い。

 ガリがたまに見せる、慈愛が籠った笑み。


「そうだとは思っていました。ミリッサ先生を見てると」


 ガリはここで言葉を切り、箱寿司を箸で半分に切った。


「今、すっかり言葉として表現してくださって、安心しました。あ、安心というのはちょっと違いますね。失礼しました。共感いたしました」



 フー……。

 まずは及第点、だろうか。



 ガリが表情を硬くした。

 いよいよ、本題に入るのか。


「イオさんのこと。守衛のライトウェイさんと話しました。その、ご報告をしますね。今日、お会いになりました?」

「いえ、今日は非番だとかで」

 結局、一昨日、昨日と、なんどか連絡は入れたものの、電話は鳴るばかり。


「ライトウェイさんは何度も警察と話したそうです。じゃ、それも含めて私が聞いた話をしますね。先生がお聞きになっていることと重複するかもしれませんが」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ